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(2015年7月より不定期掲載)
日本と韓国の裏側で暗躍する秘密情報機関JBI…
そこに所属する、二人のダメ局員ヨタ話。
★コードネーム 《 サイゴウ 》 …仕事にうんざりの中堅。そろそろ、引退か?
☆コードネーム 《 サカモト 》 … まだ、ちょっとだけフレッシュな人だが、最近バテ気味

韓国映画の箱

(星取り評について)
(★★★★ … よくも悪くも価値ある作品)
(★★★ … とりあえずお薦め)
(★★ … 劇場で観てもまあ、いいか)
(★ … DVDレンタル他、TVで十分)
(+1/2★ … ちょっとオマケ)
(-★ … 論外)
(★?…採点不可能)

『明日(あした)へ』(2014)★★ [韓国映画]

『카트』
(2014)
★★
(韓国一般公開 2014年11月13日)

英語題名
『Cart』

日本語訳題名
『カート』

日本公開時題名
『明日(あした)へ』
(日本一般公開 2015年11月6日)

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(STORY)

郊外に鎮座する大型スーパー、「ザ・マート」。
そこは韓国の流通業を代表する最大手の支店だ。
連日、大勢の客が出入りすると共に、店内では女性を中心とする従業員たちが顧客第一、売上第一をスローガンに、日夜、過酷な勤務についている。

彼らのほとんどが身分保障のない非正規労働者だったが、勤務成績が上層部に認められれば正規雇用される可能性もあった。

寡黙なレジ係のソニ(=オム・ジョンア)も、それを見据えて仕事に励む一人だ。
彼女は女手一つで息子のテヨン(=テオ/ト・ギョンス)と娘ミニョン(=カン・スアン)を育てている。

学生のテヨンは母親に修学旅行費用を負担させることに悩み、密かにコンビニでアルバイトを始める。
同級生のスギョン(=チウ)は、そんな彼を応援するのだった。

ソニの親しい同僚のヘミ(=ムン・ジョンヒ)もシングルマザー、一人息子のミンス(=ファン・ジェウォン)を育てながら暮らしていたが、不器用な彼女は勤務中、些細な事で上顧客の中年女性(=キム・ヨンエ)と衝突し、その息子(=キム・デフン)に土下座させられていた。

一方、二十代のミジン(=チョン・ウヒ)はソニらとは対照的に、仕事は仕事、自分は自分と完全に割り切っていて、勤務が終われば我関せずの姿勢を貫いている。

現場の上司であるトンジュン代理(=キム・ガンウ)は、ソニたちの立場に同情的だったが、チェ課長(=イ・スンジュン)は社内での立場を守る事でいつも頭が一杯だ。

ある日、その知らせは突然もたらされる。
通路に非正規雇用者の大量解雇通知が、何の予告もなく貼り出されたのだ。

動揺したソニたちは早速、トンジュン代理に協力を求め、経営側に抗議申し立てをするが、理路整然と自分たちの正当性を主張する上層部に取り付く島もない。

強硬手段しか方法が無いと悟った彼女らは、店舗の営業中にレジを強制シャットアウト、店内に籠城して抗議するという暴挙に出る。

だが、従業員たちの間に悲壮感は無く、時を経るにつれて連帯感が生まれてゆく。

その行動は世間の注目を集め、一種の祭りとして、華々しくソニたちの勝利に終わるかに見えたが、やがて国家と企業の暴力装置が動き始める…

2007年、ソウルにある「ホームエバー・ワールドカップモール店」で起こった実際の事件を元に描く、先進国・韓国の断層。
サカモト
「今回、この映画を観て一番ビックリしたのは、そこそこ大作だったことです。絵に描いたような社会問題を正面から取り上げているので、地味な内容かと思いきや、大きなロケセットを使っていましたし、エキストラも大勢出て来る。壊し物も派手。ですから、正直ちょっと違和感もあった作品です」

サイゴウ
「実際起こったストライキ籠城事件をベースにしているので、製作者側としてはかなり気合を入れていたんじゃないかと思う。今の日本映画ではこういう娯楽大作はまず考えられないし、実に韓国映画らしいテーマだったとは思うんだけど、【金持ちVS貧乏人】、【搾取する側VS搾取される側】の激しい戦いを露骨に描いた、かなり左寄りの内容。だけど、商品としては純然たるブロックバスターだったりするところに、大きな矛盾を感じたな。それが最後まで足を引っ張っちゃった気がする。まあまあ面白いんだけど、痒いところに手が届いていないんだよな」

サカモト
「この映画に投資する側は、人の悪い表現をすれば、韓国社会の【搾取する側】ですからね。そのお金で【搾取される側】の悲劇を描いている訳ですから、ちょっと率直に喜べないところがあります」

サイゴウ
「低予算インディーズで作った方が社会派としてテーマがもっと強烈に浮かび上がったんじゃないのかな?登場人物もエピソードも、もっと絞って、主人公ソニとその周辺をじっくり描いた方が良かったと思う。プ・ジヨン監督なら、そういうスタイルの方がいい結果を出したと思うし…大作にしちゃった分だけ、無駄に登場人物の多い群像劇になってしまい、焦点がえらくボケている」

サカモト
「【どうせブロックバスターなんだから】という割り切りも、もっと欲しかったと思います。あくまでも籠城する側にこだわり、各人が問題を抱えて苦しんでいる姿を丁寧に掬おうとしているところが、プ・ジヨン監督らしい部分だとは思うんですけど、これだけ【為政者VSか弱い市民】の構図にこだわるのなら、ベタベタなメロドラマに偽装してしまった方が本来の狙いが観客に伝わったんじゃないでしょうか?」

サイゴウ
「一応、雇用する側にも色んな立場の人がいることは描いているんだけど、やっぱり、それも半端なんだよね。男性社員であるトンジュンや、チェ課長なんか、もっと膨らませることができた惜しいキャラだったと思う。プ・ジヨン監督は【男の描き方がヘタ】といってしまえばそれまでなんだけど、例えばソニとトンジュンを不倫の関係にしていたら、分かりやすいラブストーリーになりそうな気がしたんだけどな」

サカモト
「労働争議で二人の仲が引き裂かれてしまうという展開ですか。【ロミオとジュリエット】のように…」

サイゴウ
「そういう方が大衆の好みそうなメロドラマの体裁が取れたと思うし、会社側とストライキ側両者の微妙な立場が描けたんじゃないかなぁ…光州事件を大々的に扱った大作『華麗なる休暇』を観た時、あまりの割り切りぶりに腹が立った記憶があるけれど、今思えば、あのやり方は正しかったのかもしれない」

サカモト
「『明日(あした)へ』でも、登場人物については、多彩なキャラ群になるよう、かなり注意を払っていたとは思いますよ。だけど、どう考えても一番つまらないキャラであるソニの家庭事情をだらだらと描いてばかりなので、他の人物がちゃんと活かせているとは言えず、もったいなかったですね。息子テヨンのエピソードなんか、蛇足そのものにしか思えませんし…彼のガールフレンド、スギョン演じるチウが良かった分、更に無駄感がありました」

サイゴウ
「パート軍団の中では若いミジンが【もったいないキャラ】の最たるモンだな。彼女は他のオバサンたちとは別の行動原理で動いているところのある現代っ子そのもので、かなり良かったんだけど」

サカモト
「演じたチョン・ウヒ自身も良かったですし…」

サイゴウ
「でも、チョン・ウヒって、なんだかよく分からない女優だな。他の作品と別人みたいなのは俳優としていい事だと思うけど、立ち位置がはっきりしない」

サカモト
「意外とカメレオン系なのかもしれませんね」

サイゴウ
「主役のソヒ演じたヨム・ジョンアは、驚くくらい容貌が変わっていて【ええっ!?どうしたの?】と思っちゃった。あれも演出の内とは思いたいけど、ほんとに生彩無くて【ぎょっ】としたよ。やっぱりヨム・ジョンアには角の立った暴れキャラをやって欲しかった。ああいう優柔不断で主体性のない役は全然しっくりこないので納得が行かない」

サカモト
「キャストは全体的に手堅く、演技の上手な人を揃えているとは思いますよ。でも、やっぱり微妙な違和感が拭えないですよね。それが実質主演不在の原因にもなっていて、結局は【おばさんたちがレジ裏で暴れてワーワー騒いでいるだけ】みたいになってしまったきらいがあります」

サイゴウ
「やっぱり、こういう政治色の濃いテーマで、インディーズ系のマインドを保ちつつ、大衆に受けるブロックバスター作るって、大きな矛盾なワケでもあるから、作る側としてかなり無理があったんじゃないかなぁ…出だしの移動撮影なんて、大作ならではのダイナミズムがあって、【プ・ジヨン監督やるじゃん!】なんて観ていたんだけど、それも最初だけでしりつぼみになっちゃう」

サカモト
「恐らくですけど、作品がブロックバスター故、作り手としての葛藤と抵抗がプ・ジヨン監督側には相当あったのではないかと想像しているんですけどね」

サイゴウ
「これは映画の良し悪しとは全く別の話ではあるんだが、韓国の一部のお偉いさんやお金持ちの方々にとっては、かなり都合が悪い内容でもあったんじゃないかな?【一体、いつの時代の話だよ】みたいな誤解を招きかねない部分もあって、対外的に【韓国の先進性】をアピールしたい人は眉をしかめそうだ。たかが女性パートの抗議行動に対して、機動隊やらヤクザが介入して暴力的に排除しちゃう様子を描いているワケだからね」

サカモト
「【女性パートの抗議行動】といっても、かなり過激ですからね。ですけど、一昔前の日本でも同じようなことをやったならば、似たような結果になっていたんじゃないでしょうか?だから、国家の暴力装置介入についてはそれほど変だとは思いません。でも、韓国におけるかつての【労働争議】の枠が【生活の保証】ではなく、一層過激な【命の保証】を求める運動へと変わりつつあるのではないでしょうか?李明博政権辺りから…それを象徴しているような映画だったとは思いますけどね」

サイゴウ
「昔に比べれば遥かに先進的で豊かになった韓国ではあるけれど、その反面、時代を逆行させて封建的な体制を復活させようとする動きもまた、実は密かに出てきているんじゃないだろうか?そういうことも感じさせる映画だったな」

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『足球王』(2013)★★★ [韓国映画]

原題
『족구왕』
(2013)
★★★
(韓国一般公開 2014年8月21日)

英語題名
『The King of Jokgu』

コリアン・シネマウィーク2015公開時題名
『チョック王』

日本語訳題名
『足球王』(※)
(※)本記事中では「足球」と表記します。

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(STORY)
ホン・マンソプ(=アン・ジェホン)は一見、お人好しの大ボケ青年だが、実は足球競技の名選手。

本気のシュートはボールが地面にめり込むほど凄まじく、軍隊のチームでは一目置かれるエースだった。
そんな彼は兵役を終え、大学に戻るが、そこで衝撃の事実を知る。

かつて存在した足球場は姿を消し、足球部は廃部状態、部室には変人のチャンホ(=カン・ボンソン)が独りいるだけで、大学総長(=キム・ワングン)に足球場を再建するつもりなど全く無かった。

それでもマンソプは、持ち前の前向きさで足球場再建運動を始めるが、何故かそんな彼の行動をよく思わない女子大生コウン(=リュ・ヘリン)と寮の先輩ヒョングク(=パク・ホサン)が、しきりに絡んでくる。

マンソプは学園クィーンのアンナ(=ファン・スンオン)に一目惚れし振られるが、あまりの彼の天然ぶりにアンナは逆に興味を持ち、二人は付き合うことに。

一方、恋人アンナを盗られ、アイデンティティ危機を感じた学園キングにして、元高校サッカーのスタープレーヤー、カンミン(=チョン・ウシク)は、マンソプに足球タイマンを申し込むが惨敗し、雪辱を晴らすべく、学内の海兵隊OBチームに加わる。

二人の対決は大学に足球ブームを沸き起こし、遂に足球場再建を賭けた学内トーナメントが開かれることになった。

マンソプのチームには応援団兼マネージャーとしてアンナが、選手として巨体のミレ(=ファン・ミヨン)が加わるが、彼らの前に奇妙奇天烈なチームが立ち塞がる。

トーナメントはマンソプチームと海兵隊チームの一騎打ちに雪崩れ込むが、負傷者が相次ぐマンソプチームは、遂に試合続行不可能の危機に。
だが、そこに助っ人として現れたのは意外な人物だった!…
サイゴウ
「この作品、純然たるノースター、低予算のインディーズなんだけど、一般公開前から評判が良くて、ちょっと期待して観に行ったんだけど、【半分は評判通り、半分はガッカリ】といった感じかな?まあ、それも想定内だったので腹は立たなかったし、この手のインディーズとしては秀作と言っても間違いじゃないとは思うので、機会があったら観ても損はしないとは思うよ」

サカモト
「【韓国定石のコメディ】というよりも、独特のリズムと間で描かれた【おとぼけ系】ですから、どちらかと言えば日本映画風ですし、日本でも評価されそうなスタイルかもしれません。昔の周防正行作品に近いものも感じました」

サイゴウ
「オレは『シコふんじゃった』を思い出しながら観ていた。描かれる競技に違いはあるけれど、物語の状況が似ていたし、笑わせるツボもそう」

サカモト
「主演のアン・ジェフンは本作出演に際し、日本のコメディ映画を事前に何本か観ていて、そこに『シコふんじゃった(韓国公開時題名『으랏차차 스모부』)』も含まれていたと言っていましたけど、演じる上でいくらか影響はあったのかもしれません。演出的にはどうだったのか知りませんが…」

サイゴウ
「そういう意味では【コアな映画ファン向けのコメディ】と言えるかもな。ブロックバスターでこういうスタイルのコメディをやっちゃうと、韓国では意外と集客力がなかったりする。イ・ヘジュン監督の『彼とわたしの漂流日記(김씨 표류기)』や『ヨコヅナ・マドンナ(천하장사 마돈나)』がそうだったし、オミョル監督もどちらかと言えば【それ系】だよな。目の肥えた観客にはウケるけど、そうじゃない観客にはイマイチという点でも、インディーズらしい作品だったと言える。でも、予算の無さからか、無駄な間延びがあって、中盤はかなり退屈だったし、肝心の決勝戦は全く盛り上がらずで、カタルシスを期待すると、ちょっと肩透かしかも。でも、その代わりに、大学生活の描写が抜群に面白いんだよね」

サカモト
「カタルシスの無さや期待に対する肩透かし感は、もしかすると演出上の計算だったのかもしれませんけどね。ウ・ムンギ監督の作品を観るのは今回が初めてでしたけど、へそ曲がりなスタイルを目指す匂いが、この『足蹴王』からは濃く漂っています。なにせ、弘益大系のクリエイターですからね」

サイゴウ
「監督が【弘益大出身】って聞くと、へそ曲がりで、他とは違うスタイルなのが納得できちゃったりする」

サカモト
「まず、一番最初に肩透かしだったのがその題名でしょう。てっきりサッカーネタかと思いきや、【足球】ですからね。【スポーツ蹴鞠】ってやつですか」

サイゴウ
「この【足球】って、調べて見ると決してマイナー競技でもなくて、結構いろんな国で行われていたりするんだよな」

サカモト
「でも、韓国で凄くメジャーかと言えばそういう訳でもないと思いますよ。まわりでやっている人を観たことがありません」

サイゴウ
「確かにメジャーな競技だったら、知らない間に大学から部と競技場が無くなったりはしないだろうからな。映画はマンソプが軍で足球に励んでいるところから始まるけど、軍隊生活では、結構メジャーなんじゃないかな?だから、韓国男子にはオレたちが考える以上に親しみのあるスポーツなのかもしれない」

サカモト
「そういえば昔、DMZの米軍基地で兵隊が足球やっているのを見かけた記憶がありますね」

サイゴウ
「オレは山寺で坊さんたちがやっているのを見かけたけど、シャバじゃ見かけないよな」

サカモト
「でも、こんなにゆるゆるでだらだらの学園ドラマだったとは全く予想出来なかったです。てっきり、コミカルなスポーツ物かと思っていましたよ」

サイゴウ
「【熱血スポーツ物】というよりも、大学に集う変人奇人群像だな。そこがこの映画で一番面白いところなんだけど、【熱血!足球バトル!】だけでは映画が保たない、という判断もあったんじゃないかな?それに【足球】を全面に持ってきたのは、端から【外し演出】狙いだったような気がする」

サカモト
「退役した復学生を主人公にしているのに、牧歌的で朗らかな青春を描いているのも【外し演出】なんでしょうけど、それがこの『足球王』一番の試みだったのかもしれません」

サイゴウ
「普通、復学生と言えば、悲劇と孤独の象徴だったりする。つまり、可愛い彼女は他の男の元へ去ってしまい、大学内では友達無しの浦島太郎状態。そして、即就活しないと将来は激ヤバ、みたいな暗い話になりそうなんだけど、映画では全然そうならない」

サカモト
「何事にも屈託ない主人公に対して、大学キングで高校サッカーのスター選手だったカンミンの方がコンプレックスを抱えていてウジウジしているキャラだったりします」

サイゴウ
「他にも後ろ向きの根暗キャラがぞろぞろ出て来るけど、映画自体はなぜか前向きで明るい。そして、変な爽やかさがあって、妙に健全だったりする。【変なヒト大会】でも、それほど漫画的にカリカチュアされてはおらず、【こういう奴、いるよな】的レベルに抑えているところがいい」

サカモト
「全体に漂う緩い雰囲気も妙にリアルですし…劇中の学生は具体的に何を勉強しているのか、よく分からないのに【大学時代って、確かにこうだったよな】みたいな空気感も秀逸だったと思います。大学総長と学生達が直接議論を繰り広げるところは、実に韓国らしくて面白いですし…」

サイゴウ
「学生が大学側に要求していることはくだらない事なんだけど、信念に従って堂々と、どうでもいい要求をしている姿が笑わせてくれる。案の定、日本人留学生ネタが出て来たのは、ちょっとイヤだったけどな」

サカモト
「それもまた、【時代のスケッチ】なんでしょうね」

サイゴウ
「海兵隊出身者が軍隊式のサークルを作って、夜な夜な学内をパトロールしているのも韓国らしくて笑えた。あそこら辺は日本で分かりにくいネタなんだけど、韓国男子と付き合いがあれば理解できると思うよ」

サカモト
「韓国社会における兵役の影響を何気で濃く描いた部分、とも言えますね」

サイゴウ
「日本人一般にはとっつきにくい要素かもしれないけど、今までの韓国映画では、ありそうでなかったネタかもしれないな」

サカモト
「出演者は無名の若手ばかりなんですけど、みんなキャラが立っていて魅力的ですよね。特にマンソプ役のアン・ジェホンは全然格好良く無いし、かといって、それほど器用な笑わせキャラでもないんですけど、とても好感が持てました。マンソプのキャラは劇中における神様のような存在だったのかもしれませんね」

サイゴウ
「ヒロインに該当するアンナ演じるファン・スンオンが、この手の映画に出て来る配役としては本当に可愛かったのも珍しいよな。インディーズ系ではギャラの関係か、微妙なルックスの女優が多いんだけど…」

サカモト
「でも、この映画には実質ヒロインがいなかったのでは?」

サイゴウ
「オレは最初、可愛いいんだか、ブサイクなんだかよく分からないリュ・ヘリン演じるコウンがヒロインかな?と思って観ていたんだけど、結局はただの脇役だったりするしな」

サカモト
「前歯矯正中で、夏でも変なダウンジャケットを着ていて、性格もえらく屈折している強烈なキャラでしたからね。だから彼女が足球部マネージャーになるかと思いきや、全然そうなりませんでしたし…」

サイゴウ
「逆にアンナの方は登場時、単なる端役にしか見えなかった」

サカモト
「女優たちの肩透かしな扱いもまた、【外し演出】なのかもしれませんね。その他にも、スター選手だったカンミンがマンソプたちの敵役に廻ってしまったり、ちょい役ヒョンググが重要な役で再登場したりするところも、うまく【外し】ています」

サイゴウ
「ギラギラに角が立っているように見えたチャンホとミレの二人が、しょぼい一発ネタ的なキャラに過ぎないもそうだな。とにかく【外し技】の連続」

サカモト
「観ている時気付かなかったのですけど、今思えば、この『足球王』は稀有なセンスの怪作だったのかもしれません」

サイゴウ
「全編笑えるかどうかは保証は出来ないけど、巧妙な映画だったと思うよ」

サカモト
「ウ・ムンギ監督は近いうちにブロックバスター系を撮ることになるのではないかと思うのですけど、その時はどんな作品を手掛けるのか、全く予想できないですね」

サイゴウ
「【外されちゃう】のが映画の投資者だったら笑えるよな」

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『あなた、その川を渡らないで』(2014)★★★+1/2★ [韓国映画]

原題
『님아, 그 강을 건너지 마오』
(2014)
★★★+1/2★
(韓国一般公開 2014年11月27日)

英語題名
『My Love, Don't Cross That River』

日本語訳題名
『あなた、その川を渡らないで』

その川.jpg

(STORY)
江原道の辺鄙な村で暮らす、妻カン・ゲヨル(=本人)と夫チョ・ビョンマン(=本人)は結婚して七十六年になる。

ゲヨルは89歳、ビョンマンは98歳だが、今も仲睦まじく新婚のよう。
子供たちは既に独立して家を出ており、二匹の雑種犬がいるだけだ。

夫婦の記念日には子供や孫達が集い、長寿と健康を祝ってくれるが、それはゲヨルにとって、幼い時分に世を去った六人の子供たちを思い出す哀しいひと時でもあった。

やがて季節が変わる頃。

以前から呼吸器の病気で眠れない夜を過ごすことが増えていたビョンマンだったが、症状が重篤化し、危篤状態に陥ってしまう。

知らせを受けた子供たちは実家に駆けつけるが、僻地故に病院は遠く、薬もなく、救急車を呼ぶことも出来ない。

家族たちの献身的な看病の末、一時的に小康状態まで回復するが、ビョンマンがゲヨルを一人残して三途の川を渡る時は刻々と迫っていた…

実在する夫婦とその家族の姿を、江原道の自然と四季を背景に描くドキュメンタリーの奇跡。
サイゴウ
「2014年末に封切られた韓国映画の中で、最大のダークホース、ぶっちぎりの場外ホームランだったのが、この『あなた、その川を渡らないで(님아, 그 강을 건너지 마오)』だったんじゃないかな?」

サカモト
「2014年末の韓国映画は多彩なラインナップでしたけど、これといって【ピン!】と来るような作品はありませんでしたからね」


サイゴウ
「ブロックバスター系は妙に安定した作品が並んじゃった印象があったけど、その代わり、インディーズ系はよくも悪くも元気な作品が並んだかもな。その先頭を突っ走ったのが『あなた、その川を渡らないで』だったとは思うんだけど、まさか、ここまでヒットしちゃうとは…」

サカモト
「2009年に韓国で封切られて、当時ドキュメンタリー映画としては画期的な大ヒットになった『牛の鈴音』の観客動員数(※)を軽く超えちゃいましたからね」
(※)KOFICの資料では『님아, 그 강을 건너지 마오』が累計480万1608人、『워낭소리』が累計293万4435人となっている。

サイゴウ
「『あなた、その川を渡らないで』が、なんでこんなに大ヒットしてしまったかはさっぱり分からないけど、韓国映画が無難とマニアック過ぎの両極端に分かれてしまったことに、多くの観客が飽きてしまったことも大きいと思う。それに、映画を観る層って、以前よりも高齢化して幅が広くなっているから、そういう人たちが、ビジネス優先でカチカチになり過ぎちゃった韓国映画に背を向け始めているんじゃないのかな?【またこれ?儂らにはついて行けん!】みたいな感じで…そこに偶然転がり出てきたのが、異端だけどオーソドックスな『あなた、その川を渡らないで』だったのでは??」

サカモト
「ネット環境の影響も大きいでしょうね。映画を観る前の段階で口コミが大きく影響してしまうという…みんな、マスコミや企業のお仕着せマーケティングや煽りを物凄く嫌う割に、ネット上の口コミに弱かったりしますから、何が引き金でヒットしたりコケたりするのか、予想がつきません」

サイゴウ
「【マーケティング】が見え見えみたいなブロックバスター系映画は、客を見下した行為として見られがちになっているんじゃないのか?」

サカモト
「『あなた、その川を渡らないで』は、そうした【わざとらしい】映画ビジネスから一歩身を引いた位置にある【良心的な作品】、みたいな印象があったのかもしれませんね」

サイゴウ
「実際はそういう映画産業の権力構造から完全に離れているというワケでもないとは思うんだけど、田舎に住むジイさん、バアさんの地味なお話だから、ピュアに見えちゃうのかもしれない」

サカモト
「韓国映画界から完全に遊離しまったら、しょぼい自主上映を細々やるしかないでしょうからね。でも、ちゃんとシネコンで掛かっていました」

サイゴウ
「この作品の大ヒットは、近頃アート系映画にちょっと力を注ぎ始めた某大手からすれば、【しめしめ…なんじゃない?】みたいな感じも正直しちゃうんだけど、ドキュメンタリーにこだわり続けているクリエイターにとっては朗報でもあるだろうから、彼らにとって今後の布石になってくれれば、とは思う」

サカモト
「『牛の鈴音』の大ヒットは、後で金銭絡みの大トラブルで大変なことになっちゃいましたけど、『あなた、その川を渡らないで』も同じ轍を踏んで欲しくないものですね」

サイゴウ
「さて、この『あなた、その川を渡らないで』もまた、作劇スタイルとしては『牛の鈴音』の系譜だろうな。もっとも、『牛の鈴音』がこうした【ドキュメンタリー素材で劇映画を作っちゃう】の【走り】というワケではなく、元々韓国ドキュメンタリーの定石スタイル、といってもいいんじゃないだろうか?」

サカモト
「実際の事象を取材しつつ、後からあれやこれやで【お話】を作ってしまう手法ですね。ヤラセっぽく見えますし、老夫婦を【喰い物にしているだけだろうが!】みたいにも見えますし、【お爺さんが逝っちゃったのは、強引な撮影が原因だろうが!】といった印象を抱かれても仕方ないんですけど、ドキュメンタリーはコラージュ芸術である、と開き直れば、これはこれで【アリ】、それほど角を立てることもないと思います」

サイゴウ
「山の中、深々と雪が振り続ける中で、薄着のおばあさんがさめざめと泣きながら夫の墓の前で嘆くシーンが秀逸で、ホント感動的なんだけど、その後、おばあさんが急死していたら、マジで洒落にならなかっただろう…」

サカモト
「まあ、『牛の鈴音』同様にツッコミどころのある【一応ドキュメンタリー】なのですが、ここまで感動的な【劇映画】として再構築できたのは、やっぱり作り手側の強運があったからだと思います」

サイゴウ
「ドキュメンタリーって、劇映画以上に狙った映像が撮れなかったりするからな。作り手の強運は必須だろう。ましてや、撮影対象が田舎の高齢者とその家族だったりするワケだから、【一体どうやって騙したんだろう?】と思いながら観ちゃったよ」

サカモト
「やらせに見える部分も多いですけど、本質から外れた大嘘はやっていないと思いますよ。逆に、あまりにも無邪気過ぎる老夫婦の姿には、【映画の神様】の後ろ盾を感じたくらいです」

サイゴウ
「韓国の田舎の人って、信じられないくらいに素朴だったりする事があるんだけど、それを巧みに捉えているよな。ただ、おじいさんが天然過ぎるのが気になった」

サカモト
「でも、そこに日本の【反韓・嫌韓】的主張から見えて来ない、韓国人の【素】もあったと思うのですが」

サイゴウ
「その朴訥さを賞賛しちゃうと、またまた韓国人を誤解する人が出てきそうだけどな」

サカモト
「どこまで本当で、どこまで嘘かは、私には分かりませんけど、あそこまで老夫婦がカメラの前で晒してくれた事は、率直に【偉い!】と思いましたけどね」

サイゴウ
「子どもや孫達が訪ねて来たことを率直に大喜びする反面、大昔に亡くした子供のことを思い涙するシーンや、危篤状態になったおじいさんの持ち物を竈で焼くところなんて、よく撮影できたと思う。老齢の飼い犬が自分たちより早く死んでしまい、泣き泣き葬るシーンもそうだな。ああいう場面って、撮っている方の良心がとがめちゃいそうだ」

サカモト
「この作品が韓国で歓迎された理由の一つに、老夫婦の豊か過ぎる喜怒哀楽があったのかもしれませんね。あそこまではっきりしている人は今の韓国でもあまりいないと思うのですよ。そこに【失われた古き良き過去】を感じた人が多かったのでは?」

サイゴウ
「【江原道の人たちは心が汚れていない】なんて、江原道出身の映画監督が自分で言っていたけど、『あなた、その川を渡らないで』を観ている限りでは、【嘘じゃないな】なんて思っちゃったよ」

サカモト
「でも、家族喧嘩は激しくて暴力的なのが、【やっぱり韓国だぁ】とも思いましたけどね」

サイゴウ
「ちょっと気になったのは、この映画にも、やっぱり【格差】や【福祉】の問題が含まれていたことかな?誰もいないような僻地に老人だけで暮らしている状況もそうだけど、おじいさんが酷い発作を起こし、危険な状態になっても、病院は無い、薬は無い、病院に運ぶ手段は無いで、結果的に家族が、おじいさんを見殺しにせざるをえなかったようにも見えちゃう」

サカモト
「それは日本の僻地でも似たようなものでしょうし、韓国だからといって、全てこういう訳ではないでしょう」

サイゴウ
「でも、ソウルにばかり巨大な総合医療施設が集中している異常さを、改めて感じたよ」

サカモト
「この『あなた、その川を渡らないで』に、そういう社会的なテーマを重ねても、あながち外れている訳ではないと思います。大ヒットした背景には、日本では見えにくい韓国社会の問題があったとは思いますからね」

サイゴウ
「そして、日本の家族関係はビジネスライクだなぁ、って、感じさせる映画でもあったな」

サカモト
「そのドライさもまた、韓国にはない【日本の良さ】ですけどね」

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『被害者たち』(2014)★★  [韓国映画]

原題
『피해자들』
(2014)
★★
 
(韓国一般公開 2014年7月31日)

英語題名
『The Suffered』

日本語訳題名
『被害者たち』

勝手に題名を付けてみました
『殺人彫金師』

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(STORY)
カイン(=チャン・ウナ)は、危篤状態になった父親(=キム・ミンドゥク)を見舞うために田舎の病院を訪れるが、彼女の父親を見る目は冷たかった。
なぜなら、幼い時に両親が離婚後、カインは父親(=キム・ミンドゥク)に犯され、ずっとその性的相手をさせられてきたのだ。

ソウル・乙支路にある父の鍵屋を継いだカインだったが、商品知識はゼロで客の要求にまともに応えられない。
そして、たまたま店を訪れたトギョン(=リュ・テジュン)に一度の出会いで心惹かれてしまう。
彼の後をつけたカインは、トギョンが金属工芸師であることを知るが、彼には金持ちの婚約者ヘリ(=ヨン・ソンハ)がいた。
カインの想いを察したかのように、手製のブレスレットをトギョンから渡されたカインだったが、それは地獄の始まりだった…

ある夜、トギョンの工房近くで女性が襲われた現場に遭遇し、カインも何者かに誘拐されてしまうが、目覚めた場所はトギョンの工房だった。
実はこのトギョンこそ、女性連続殺人事件の犯人であり、街で目を付けた女性たちに自分の作品を渡しては次々と襲って拉致し、拷問を加えて殺害していたのだ。

だが、トギョンの行為の裏側には幼い日のトラウマがあった。
厳格な警察官の家庭で育ったトギョンは、子供時代の経験に今も苦しめられていたのだ。

お互い、似たもの同士であることを知ったカインとトギョン。
やがて二人は倒錯した官能の日々を送るようになるが、事件を担当するクァンシク刑事(=イ・サンフン)らが、すでにトギョンへと迫りつつあった…
サイゴウ
「あまりにも【キム・ギドク風】なテイストなので、また弟子筋が作ったクローン映画かと思ったんだけど、どうもそうじゃないみたいなので、ちょっと驚いた」

サカモト
「監督とシナリオを担当したノ・ジンスのキャリアを調べてみますと、特にキム・ギドクとの関係は見当たらないようですね。映画業界歴も結構長い人で、シナリオの分野ではそれなりの業績があるクリエイターのようです」

サイゴウ
「業界歴の長さだけで言えば、キム・ギドクと大して変わらない気もするので、一観客として大きな影響を受けたのかな?でも、ここまでそっくりだと気持ち悪い」

サカモト
「冗談で【製作キム・ギドク】だとか【脚本キム・ギドク】とか謳われても、事情を知らない人は騙されかねないくらい、雰囲気が似ていました」

サイゴウ
「でも、【キム・ギドク的】って、実はオレたちが思うより韓国では普遍的で平凡なテイストなのかもしれないぞ…キム・ギドクって、作風が独特だからこそ注目され、韓国映画界の異端児として祀り上げられたと思うんだが、韓国人的にはそうでもなかったりして…彼の弟子筋がこういう映画作るのは分かるんだけど、そうじゃないところから出て来たのだとすれば、今までキム・ギドクに騙されていたみたいでショックだな」

サカモト
「どう見ても低予算作品なので、それ故、雰囲気が似たのかもしれませんし、ノ・ジンス監督がインディーズ・デビューするにあたって、大いにキム・ギドクを研究した可能性もありますけど。韓国の風土が生み出したものなのか、マーケティング分析に沿った結果なのかは、分かりませんけどね」

サイゴウ
「でも、今頃こういう作風掲げても、誰も注目しないと思うよ。みんな、【キム・ギドク味】には飽きちゃったもん」

サカモト
「ノ・ジンスという人が過去に関わった作品は、絵に描いたような商業映画ばかりですから、その反動でこういう雰囲気の映画になったのかもしれませんよ」

サイゴウ
「もしかしたら、仕事として【興味のない下請けネタ】を器用にこなしちゃうクリエイターなのかもな…でも、それならば、こんなヘンな映画にしないで、いつも通り、普通にやればよかったんじゃないだろうか?ヘタにサイコ系ネタにしちゃったので、一般客からすれば【また、これ?】みたいなイメージで敬遠されちゃうよ」

サカモト
「実際、物語の中で猟奇的な設定はそれほど重要だとは思えませんでしたしね。どちらかと言えば変則的な純愛ラブストーリー。ひたすら暗く救われず、女優はやたら脱ぎまくりで、ちょっと昔の日活ロマンポルノ風ですが、キリスト教的な記号が随所に散りばめられていますから、それがまた、【キム・ギドク味】の印象を強めたのかもしれませんし、主人公二人が暗い子供時代を抱えた似たもの同士であることを知って、結ばれてゆく様子もまた同様だったのかもしれません」

サイゴウ
「でも、本家本元ほど【情念メラメラ】していないし、アンモラルな印象も薄い。観た後、すぐ忘れちゃう」

サカモト
「結局、そこら辺が元祖キム・ギドクの持つ個性との違いなのかもしれません。同じこのシナリオでキム・ギドクが撮ったとすれば、客が来なくても、そこそこ話題になったような気はします」

サイゴウ
「そこら辺が後発デビュー組の不利なところだな。【インディーズ=暗い】という韓国映画の定石が壊れて来ている今だからこそ、あえて明るく前向きで健全な映画を積極的に撮った方が戦略としては堅実な気もするんだけど…」

サカモト
「【猟奇的でアンモラル】な点で注目されれば、メジャーのホラーやスリラー系企画を撮るチャンスが増える、という方法論もありますけどね。今回はそれを狙っていたのかもしれませんよ」

サイゴウ
「でも、ひたすらテンションが低いので、仮にホラーやスリラーやっても、どうかなぁ…俳優たちの個性もイマイチだし…半端な美男美女を集めただけで、演出的にうまくいっていない、といった感じだ。だから、彼らの演技が上手いのか、下手なのかも、よく分からない。ただ、女優陣がそこそこ可愛いかったり、そこそこ美人だったりするので、【今の韓国は脱ぐ、脱がないの敷居がだいぶ下がったなぁ】という印象だけはあったけど」

サカモト
「でも、今どき韓国映画にエロを期待する人はいないでしょう…実際問題、最近の韓国映画は必要以上に女優が脱ぎ過ぎるので、観客として【もう、結構】になっている部分もあるのでは?」

サイゴウ
「変態彫金家演じたリュ・テジュンについては、割りと繊細な演技をしているんだけど、キャラクターの異常性が露見してからは、絵に描いたような【キム・ギドク味の演技】に陥ってしまうのでしらけてしまう。彼の存在もこの映画が【キム・ギドク味】に見える一因だったのかもしれないな。なにせ、ルックスがもろにキム・ギドク好み」

サカモト
「刑事役のイ・サンフンも割りと個性的な俳優ですが、定石を超えませんし…ちなみに彼は共同で脚本を手がけているようなので、将来は監督を目指しているのかもしれませんね」

サイゴウ
「韓国は俳優がまだまだ冷遇されているから、そういう【二足わらじ志望】が結構いたりするよな」

サカモト
「それはそれで、悪いことではありませんけどね」

サイゴウ
「『被害者たち』だけを見た限りでは、言っちゃ悪いけど、全く別の方向性で今後の企画を考えないと、ノ・ジンス監督は再度【キム・ギドクもどき】に陥っちゃうんじゃないのだろうか?」

サカモト
「【キム・ギドクを思い起こさせる~】という表現が、一時期はそれなりに【いい意味】を含んでいたこともあったと思うんですけど、今は必ずしも、そうじゃありませんからね」

サイゴウ
「どうせ似ちゃうのなら、いっそのこと、キム・ギドクのパロディでもやった方が注目されるんじゃないのかな?」

サカモト
「でも、実際やったら、キム・ギドク側から告訴されて揉めそうですけどね」

サイゴウ
「キム・ギドクって、そういうことされるの、露骨に嫌がりそうだからな」



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『鳴梁』(2014)★★ [韓国映画]

原題
『명량』
(2014)
★★
(韓国一般公開 2014年7月30日)

英語題名
『ROARING CURRENTS』

日本語訳題名
『鳴梁』

勝手に題名を付けてみました
『決戦!鳴梁海峡』

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(STORY)
1592年に始まった文禄の役は、日本と明の和平交渉を以って一時休戦となる。
が、それは長く続かなかった。
両者の交渉は決裂し、1597年、再び日本軍の侵攻が始まる。
朝鮮の地では、見せしめの虐殺行為が頻繁に行われ、一般民衆はその残酷さに慄くばかりだった。

だが、日本軍を迎え撃つはずの朝鮮軍は決して一枚岩と言えず、全羅道水軍を指揮していた李舜臣(=チェ・ミンシク)は中央の権力闘争に巻き込まれ、不遇の日々を過ごしていた。

彼は上司との衝突から朝鮮王朝へ反抗した疑いをかけられ、拷問の挙句、処刑されるところだったが、朝鮮水軍が漆川梁海戦で壊滅したことから、再び日本軍に立ち向かうことになる。

しかし、李舜臣に残された水軍はボロボロであり、朝廷派の権慄将軍(=ナム・ギョンウプ)らからは疎まれていたため、積極的な支援も望めない。

虎の子だった亀甲船は、日本軍との戦い前に内ゲバで焼き払われてしまうという有り様で、頼りになるのは息子の李薈(=クォン・ニュル)ら身内と、李舜臣を慕う少数の部下たち、そして民衆だけだった。

同じ頃、日本の藤堂高虎(=キム・ミョンゴン)と彼の腹心、脇坂安治(=チョ・ジヌン)率いる日本水軍は、全羅道の南海岸沿いに大軍を進めていた。

水軍指揮官の一人である、来島通総(=リュ・スンリョン)は海戦のエキスパートとして知識と経験を評価され、朝鮮水軍との戦いを任されるが、高虎らは彼を軽蔑し、馬鹿にしていた。

日本軍の動向を探る李舜臣に、日本の武将ジュンサ(=大谷亮平)から、重要な内部情報がもたらされる。
ジュンサも李舜臣に心酔する一人だ。

三百隻(※)を超える日本水軍に対して、朝鮮水軍はわずか十二隻のみ。
一計を案じた李舜臣は、日本軍の進路が、潮の満ち引きが激しく海路の狭い鳴梁海峡に近いことを利用して、そこに罠を仕掛け、おびき寄せる作戦を決行する。
(※)実際には諸説あり。ここでは映画で採用された数値を採用。

戦いの当日、海峡入り口で待ち受ける朝鮮水軍の舟に対して、最初は動向を伺う日本水軍だったが、遂に火縄銃の一斉射撃が始まり、双方は激しい砲撃戦を経て、海上の白兵戦へともつれ込んでゆく。
そして、海流の変化を読みきれない日本軍は身動きがとれなくなり、次々と朝鮮水軍に撃破されてゆく。

だが、来島通総は、それを黙って眺めている凡庸な指揮官ではなかった。
自ら先頭に立ち、李舜臣のいる旗艦に悠然と乗り込み、次々と敵兵を斬り捨てて、李舜臣へと迫ってゆく。
サイゴウ
「なんか、どえらく大げさな内容だけど、全体が見えてこない映画だったな。場面がクルクルと過去と現在をいったり来たりして、大勢のキャラクターが、これまたクルクルと登場しては消えるので、ワケが分かんない」

サカモト
「著名な人物がチョイ役で強引に相当数登場しますから、ますます訳が分かりません。いちいち字幕で名前の紹介やっているくらいですからね。でも、あんな無駄に登場させるなら、もっと内容をフィクションとしてアレンジしてしまった方が、映画としては面白かったのに…と思いました」

サイゴウ
「話の本筋が【どうだ、我々韓国人は凄いだろう!】という、いつもの【民族自己陶酔祭り】なのは分かるんだけど、出来の悪いTVドラマのダイジェスト版を延々と見せられているようで、ホント、疲れた。英語字幕版も上映されていたけど、そっちを観ればよかったかな?」

サカモト
「でも、その【分かり難さ】自体は、歴史物特有の普遍的な難しさだと思います。それなりに史実に沿って描こうとすると、どこの国の映画でも歴史物はダイジェスト版になってしまいがち、という傾向が、どうしてもありますからね。今回の『鳴梁』も、2時間もしくは3時間枠に収まりそうにない重層的な内容を相当強引にまとめていますから、監督以下スタッフはかなり大変だったと思います。」

サイゴウ
「【文禄・慶長の役】(※)という出来事は、日本史以外に世界史や朝鮮史、中国史も背景として深く押えておかないと全容が見えてこない史実だから、偏らないで客観的に把握するのが難しいよな。日本ではあまり詳しく教えなかったり、小説や研究書の出版も少なかったりするのは、易しく噛み砕くのが大変、ってことも大きいんだろう」
(※)本記事では日本側の通称に従って表記します。

サカモト
「学生の頃、教科書では漠然と教えられた記憶しかありませんよね。でも、【文禄・慶長の役】についての多角的で詳しい情報が一般に出始めたのは、ここ最近のことではないのでしょうか?日本、韓国ともに、我々が想像するより専門家が少ないのかもしれませんね」

サイゴウ
「互い、政治プロパガンダの道具として利用しやすい史実だった、ってこともあるだろう。韓国側としては愛国心と民族意識の高揚、そして反日ツールとして使いやすいネタだし、日本側としては【日本の国際的な悪行】という、自己反省&自虐ネタに使いやすいし…」

サカモト
「韓国では【国の偉大な英雄】として絶対不動の認定がされている李舜臣が関わっていますから、逆説的に客観的、史実主義的な描き方が映画の中で出来なくなっている、ってこともあるでしょうね。ヘタなアレンジやると時節によっては完全アウトという…」

サイゴウ
「李舜臣に関する資料って、すぐ無くなっちゃう韓国側の古文書としては現存している方だと思うので、もっと大胆な解釈でその人物像を描く余地はあるはずなんだけど、それをやってしまうと韓国世論がいい顔しないんだろう。一般の人は気にしなくても、【愛国利権】絡みの保守連中が大騒ぎするかもしれない」

サカモト
「韓国の一般人は【李舜臣】やら【壬辰倭乱】(※)について、それほど関心を持っているようには、とても見えないのですが、ヘタな発言をすると何が内ゲバの引き金になるか、分かりませんからね、韓国じゃ…その危うさはインテリ・高学歴揃いの韓国映画界でも同じでしょう」
(※)【文禄・慶長の役】の韓国側俗称。【文禄・慶長の役】は日本人の、【壬辰倭乱】は韓国人の視点で表したもの、という解釈もできる。

サイゴウ
「映画はなんやかんや言っても【客商売】だからな。それに、韓国で【愛国】だとか【反日】のアイコンって、実は韓国人が同じ韓国人を叩くための【主導権争いの道具】だったりする。ところで、韓国映画の李舜臣と言えば、『天軍(천군)』でパク・チュンフン演じた、ちょっと三枚目なキャラが今でも記憶に残っているけど、あれって韓国では、かなり異例な方かもしれない。本当なら李舜臣のああいう描き方って、もっとやるべきだと思うんだけどな」

サカモト
「韓国のミュージカルには李舜臣を主人公にした作品がありますけど、これは韓国の演劇が、日本人が思う以上に表現の自由度が高い分野だからでしょうね。多少おちゃらけても、映画やTVほど問題にならないのかもしれません」

サイゴウ
「『鳴梁』でも、ガチガチにご立派な民族的英雄像じゃなくて、人間的な弱さ、情けなさを前面に出した李舜臣の人間像に、もっと焦点を据えて描けば、話も分かり易くなっただろうし、今やるんだから、そうして欲しかったとは思う」

サカモト
「主人公が作り手が下手にイジれない英雄だった、ということの他に、スタッフ側としては世紀の大戦争だった【文禄・慶長の役】を純粋にアクション&スペクタクルとしてリアルに描きたかった、ってことがあって、それが映画として分かり難い話になったのかもしれません。李舜臣がどうのこうのというよりも、ある意味、【アクション&スペクタクル】が一番のテーマだったように私には見えたからです。それ故、人物像を割り切り過ぎたつまらないキャラにしてしまったような気もします」

サイゴウ
「日本側の描写も、えらく力が入っていたよな。日本人から観ればおかしな部分ばっかりだけど、本音では、しょぼい朝鮮水軍じゃなくて、極悪日本水軍の方を描きたかったんじゃないのか?韓国映画の基準からすれば、ここまで手間ひまかけて【日本の戦国武将】と、【壬辰倭乱】ではない【文禄・慶長の役】を細かく描いた作品は他に思い浮かばない」

サカモト
「キム・ハンミン監督は前作『神弓(최종병기 활)』でも、残虐な侵略者である女真族を描くことに相当拘っていましたけど、今回の『鳴梁』では、それを一層やり過ぎちゃった、っていう感じがしました」

サイゴウ
「敵の日本人がヘロヘロのコスチューム・プレイヤー丸出しなら、今の韓国では観客側が黙っていない、ということもあるだろうけどな」

サカモト
「そこら辺は、映画がいいか悪いかは別にして、日本人としてはきちんと高く評価すべき点でしょうね。日本の戦国オタクが何気で結構いる韓国でも、当時の日本軍に関する韓国語のまともな資料は殆ど無いでしょうし、ましてや日本語の資料を入手しても、それをきちんと読み解ける若手スタッフは、今の韓国に、ほとんどいないでしょうから、実行することは想像以上に大変だったと思いますよ」

サイゴウ
「お馬鹿な韓流のせいで、お気軽韓国語が出来る日本人は大分増えたけど、きちんとした歴史的教養と専門知識を持った在韓日本人も、かなり限られているだろうし。日本側ディティールについて調べても分からない部分は、同時代の資料を参考にして韓国側が勝手にデザインしているようなので、【なんで、ここに武田の騎馬隊が??】みたいになってしまうのは、日本だったら戦国オタクに失笑されてしまうだろうけど、それは仕方ないだろう。逆にそれが韓国ならではの発想というか、ユニークさでもあるワケだし、日本で絶賛された『ラスト・サムライ』と比較しても、【日本に対して凝っている】という点では結構いい勝負だと思う」

サカモト
「ただ、日本人役のセリフが全部日本語だったのはどうかとは思いましたけどね。物語の出だしで日本語から韓国語へとオーバーラップするような使い方(※)なら許容範囲のレベルなんですけど、全編、韓国人俳優が日本語で通してしまうのは、相当苦しかったです」
(※)分かりやすい一例として1990年のアメリカ映画『レッド・オクトーバーを追え!』がある。

サイゴウ
「どうせ、観客の殆どは韓国人だから、それでも問題ないんだろうけど、強引に日本語を喋らせることが、出演者側に無駄な負担を相当かけていた事は否めない。演技がNHKの大河ドラマか、黒澤明の時代劇にて出てくるような日本武将のモノマネ大会になってしまっていて、皆俳優としてのポテンシャルが死んでしまっている。無理に【なんとかでゴジャル】なんて、連呼する必要は無かったと思う。藤堂高虎をキム・ミョンゴンが演じていたことは驚いたけどな」

サカモト
「俳優たちの【演技が固い】という点では、朝鮮側の人物を演じた俳優たちも同じでしょう。歌舞伎のような形式的な演技と人物像を監督としてはあえて求めた結果かもしれませんが、観客としては、彼らの演技に全く驚きがなかったのが残念です。特にチェ・ミンシクは求められているものを無難にこなしただけ、って感じしか、しませんでした。もっとも、最近の彼はそんな【手抜き演技】ばかりが映画では目立ちますけど…」

サイゴウ
「当人から言わせれば【無駄のない演技】なんだろ。それに今のチェ・ミンシクのポジションだったら、何をどうやっても韓国内では誰も文句付けられないだろうし。まあ、彼が李舜臣を演じる事自体は非常に分かりやすいキャスティングではあったんだけど、一方でリュ・スンリョンの日本武将っていうのは、かなり強引で違和感があった」

サカモト
「リュ・スンリョンは『神弓(최종병기 활)』で演じた役が素晴らしかったので、今回は主演の一人として来島通総の役をふられたのでしょうけど、日本武将のコスチュームが全然似合わないし、彼もまた日本人役を日本語で演じることで、元々持っている優れた技量に、かなり制限がかかってしまったように思いました。本来は器用な俳優ですけど、今回はそれが伝わってこなかったことが残念です。熱演なのですが…」

サイゴウ
「リュ・スンリョンはどこの国の人とは言い難い個性を持った俳優だから、役がハマるとホント素晴らしいんだけど、今回は、その強い個性がマイナス方向に働いちゃったな。でも彼って、韓国人的視点だと日本人じゃなくてモンゴル人に見えるらしいよ」

サカモト
「はたまた、大谷亮平も『神弓(최종병기 활)』に続いて出演していますが、今回のセリフは日本語のみ。でも、彼が日本を裏切る朝鮮側のスパイ役って、色々と誤解されそうですね」

サイゴウ
「韓国の業界で日本の芸能人が食ってゆくって、そういうことなんだろう。それよりも棒読みでいいから、【ちゃんと韓国語のセリフを割り当ててあげればいいのに…】とは思ったよ。あんな端役じゃなくて、日本人側の敵キャラを振って欲しかったな。エキストラに毛が生えた程度じゃ、大谷亮平が持っている俳優としての資質が全然分からない」

サカモト
「でも、音声の上では日本語会話をしていても、映像的には大谷亮平と韓国人俳優の間に会話が成立しているように見えないという、珍シーンが続出したような気もします。やっぱり言語の壁を乗り越えるのはどこの国でも難しいですよ」

サイゴウ
「日本武将側のセリフを日本の俳優が吹き替えちゃう、って手もあると思うんだけど、さすがに今の韓国の観客はそれを許さないのかもしれない」

サカモト
「それをいうなら、日本人役は全て日本人が演じて欲しかったです。でも、それを出来ないのが、日本と韓国の現実であり、情けない部分なんでしょうね。本来なら、日韓合作でやって欲しかった企画ですよ」

サイゴウ
「ただ、日韓合作でやっちゃったなら、戦闘シーンがここまで凄くならなかった気もする。CGI中心なので迫力はイマイチだけど、韓国映画だったからこそ出来た派手な映像だったと思うよ。日韓合作なら、ここまで大胆に出来たかどうか…」

サカモト
「歴史オタクや軍事オタクからすれば妙な部分もあったとは思うのですけど、火縄銃が一斉に木の装甲に当たる瞬間とか、船と船がぶつかって壊れる感覚などが非常によく伝わって来ました。韓国映画におけるVFXの管理が、実は日本映画よりも遥かに上手になってしまったことがよく分かります」

サイゴウ
「でも、映像や音響がよく出来ている反面、狭い海域で沢山の舟や人がゴチャゴチャやっている様子をダラダラやっているので、すぐに飽きるし、何がなんだかわからなくなっちゃう。昔の海戦とはそういうものなんだろうけど、これもまた、歴史物における鬼門だったのかな?」

サカモト
「思い切って4時間位の長さにして、時間軸に沿った構成で作っていたら、もっと面白かったかもしれません。やっぱり、128分で描くには無理があった内容だと思います。最初の荒つなぎ段階でどのくらいの尺数があったのか、分かりませんけど…」

サイゴウ
「ディレクターズ・カットで4時間くらいまで伸ばせる余地があるなら、ちょっと観てみたい気はする。日本で公開するなら、どうせ客なんて入らないんだから、そっちの方がいいと思うけどな」

サカモト
「日本武将を日本の俳優で吹き替えたバージョンも作ると面白いのではないでしょうか?」

サイゴウ
「そうだな。でも、日本の企業はどこも製作費を出さないと思うよ」

サカモト
「どちらにしても、大々的な日本公開をまともに行うには、在日韓国企業の大きな協力が必須になりそうですね…」

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『我が家族』(2013)★★ [韓国映画]

原題
『우리가족』
(2013)
(韓国一般公開 2014年7月24日)
★★

英語題名
『Our Family』

日本語訳題名
『我が家族』

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(STORY)
かつて脱北者の教育・更生施設でボランティアとして勤めていたキム・テフン氏は、現在、脱北した少年たちを援助する私設グループ・ホームを周囲の反対を押し切って自主運営している。

一緒に暮らす少年たちの食事を作るのも、家の掃除をするのも、彼らに勉強を教えるのも、全て彼一人。
そのためか、40歳過ぎた今でも独身だ。

面倒を見ている少年たちは年齢も生活経験もバラバラだったが、皆兄弟のように仲がよく、カメラの前では瞳を輝かせながら、自分の将来について饒舌に語り続ける。

やがて、歳の離れた小学生の男子を新たに迎えた一行は、韓国を出て、ボランティア活動の為、ラオスへと赴くことになる。

実際に韓国で脱北少年たちのグループ・ホームを運営しながら共に暮らすキム・テフン氏と、彼の「子供」たちの姿を、一年以上の歳月をかけて密着取材したドキュメンタリー。
サカモト
「描いているテーマ自体は有意義でとてもいいものだと思うのですが、日本ではTVの深夜枠で【こそっと】放送するようなタイプの作品ですね。映画の冒頭に出てくる脱北した少年たちのインタビューが、日本における北朝鮮のイメージと、ちょっと異なるニュアンスがあったりして興味深いのですが、映画としては厳しい内容だったと思います。部分的に光るものはあるのですが…」

サイゴウ
「韓国じゃないと製作出来ない作品ではあるんだけど、これもまた、【対象を追ってみたら、ネタが無かった】系ドキュメンタリーだな。撮影に15ヶ月かけたらしいけど、残念ながら水増し感が否めない。上映時間85分でも、えらく長く感じたし。特にラオスに行くエピソードがそう。現地に着いてから【ここでは北朝鮮から来たことを言うな】と、少年たちが予め注意されるところなんかは、日本では想像しにくい現実が出ているんだけど、とにかく観ていてだれる。【ラオスでどったら】なんてことよりも、韓国における脱北した少年の日常、特に学校での生活を、もっと観たかったな」

サカモト
「でも、そこら辺は、やはり撮影が難しかったんでしょう。少年たちの学校生活について全然出てこない訳ではありませんが、かなり制限があった気配を映像から感じましたから。少年の一人が生徒会に立候補するくだりは、詳しく撮りたくても撮れなかったのではないでしょうか?」

サイゴウ
「こういうドキュメンタリーって、製作者が取材対象から最初に受けたインスピレーションや興味が、実際やってみると題材としてうまく機能しない、ってことは珍しくないよな。観終わって、【ああ、いい話だったね。それで?】で終わっちゃうことが多いんだけど、この作品も残念ながら、そっちの方」

サカモト
「カメラ側の腰がちょっと引けている感もありましたね。それゆえ、対象が内に抱えるエゴが見えてこない。そこら辺、演出側も礼儀正しすぎたような気もします。少年たちを預かっているキム・デフン氏については、もっと私生活を追ってもよかったような気がします」

サイゴウ
「それについても、面白いシーンを撮れなかったのかもしれないな。個人の生活は、これまた案外つまらないもんだ。それより、十代の少年たちが、おっさん独りの世話の元で共同生活しているワケだから、本当なら各自のエゴの発露なんか物凄いと思うんだけど、そういうのが一切出てこないことの方が、かなり気になったよ。基本的に、みんな従順でいい子ばかりではあるんだけど、それって少し妙だ。歳が歳だから、性欲やヘゲモニー争いが凄まじいはずなのに…」

サカモト
「撮影前に一家側と製作者側で何か約束があったのかもしれませんね。なにせ、彼らの周囲には無理解で心ない同胞連中も大勢いるでしょうし…一見ほんわか系に見えても、下手打てば大きな人権問題になりかねない内容ですから」

サイゴウ
「でも、そういう軋轢があるのなら、それを見せて欲しかったな。とは言っても、韓国では脱北者であることをカミングアウトして暮らすこと自体が難しいらしいし、おそらく公安側から常時チェックされているだろうから、作り手としては出来なかった事の方が多かったとは思うけど…」

サカモト
「そういう厳しい現実があるからこそ、彼らの暗黒面を映画から徹底して排除したような気もします」

サイゴウ
「でも、観客が一番観たいのは、そうした暗黒面。もっとも、こういうテーマが【ダークになりがち】というのは、一種の偏見かもしれないけどな」

サカモト
「ちょっと気になったのは、キム・テフン氏が独身中年男性であることに、なにか、作り手側の妙な拘りを感じたことです。やっぱり大の男が結婚しないで脱北した少年たちを独り献身的に養っている姿って、韓国社会では色々と勘ぐられているのでしょうね」

サイゴウ
「すぐ【ホモ!ホモ!】って、中傷して騒ぐ連中が韓国にはいるからな。でも、実際に独りであそこまで面倒みているとしたら凄いよ。それに、ああいう【激まめなタイプ】の男性って、日本でも韓国でも結構普通にいて、みんな独身だったりするから、実はそれほどヘンでもない。オレには絶対出来ないけどけどな」

サカモト
「一番印象的だったのは、少年たちが、とにかく屈託なくて明るい、ということでしょう。もちろん個人差はありますけど、全体的に優等生タイプが多かったですね。そしてキム・テフン氏のいうことをよく聞いているように見えます。でも、あまりに従順なので、日本人から観ると不信感や違和感を抱くかもしれません」

サイゴウ
「あそこら辺は、今の韓国でどんどん壊れていっている【親の言うことを聞かなければならない】という朝鮮的な美徳が、脱北少年たちの間には残っているということかもしれないけどな。テフン氏もだって、叱るべき時はきちんと叱っているし。北朝鮮って、感動するくらい純真な人が多いという話をよく聞くから、実際、それほど異常なことではないのかもしれない」

サカモト
「そして、映画に登場する少年たちは、皆仲もいいですよね。途中から小学生の子が新たに加わりますが、その面倒も非常によく見ています」

サイゴウ
「新しく入ったその子は従順なんだけど、始終とまどっていて心を中々開かない。そこに子供ながら北朝鮮で生き残るために必要だった処世術が垣間見えるようでもあり、ちょっと心が痛んだよ」

サカモト
「先輩格の少年たちにしてみれば、彼に脱北当時の自分自身を投影しているのかもしれません」

サイゴウ
「養父が彼らに対して勉強の面で厳しいところは【韓国らしい部分かな】なんて思うんだけど、あれって、韓国社会で生き残るための実際的な意味合いが強いんだと思う。【みんな、この国ではコネもカネも無いから、頼ることが出来るのは自分だけだよ!】という…こういう躾の仕方は日本の家庭でやらないことかもしれない」

サカモト
「それもまた、日本から見え難い韓国社会の現実なのでしょうけど…」

サイゴウ
「もし、この作品を日本で紹介するとしたら、やっぱりBS枠辺りで地味に放送することになっちゃいそうだけど、脱北少年たちの今後も絡めて、連作に出来れば、意味のあるドキュメンタリーになるんじゃないかな?」

サカモト
「少年たちが大人になった後、彼らの人生を個別に追ってもいいと思います」

サイゴウ
「それが出来て初めて、この作品は完結しそうな気がするよ」

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『ノンフィクション・ダイアリー』(2013)★★ [韓国映画]

原題
『논픽션 다이어리』
(2013)
★★
(韓国一般公開 2014年7月17日)

英語訳題名
『Non-fiction Diary』

日本語訳題名
『ノンフィクション・ダイアリー』

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(STORY)
1987年、韓国で六・二九民主化宣言が行われ、軍事政権の終焉が決定的になった。
そして1993年2月、金泳三大統領による民主政権が始まる。
それは多くの韓国国民にとって、明るい未来の幕開けのはずだった…

…1993年、貧しい青年たちが韓国社会の不幸を妬み憂い、あるグループを組織した。
その名は「至尊派」。
彼らは正義を標榜し活動を開始するが、グループの実体はとんでもない身勝手かつ異常な殺人集団に過ぎなかった…

…1994年、ソウルの漢江に掛けられた全長1キロを超える大鉄橋「聖水大橋」。
そこが地下鉄車両通過中に突然崩壊したことから、50人を超える死傷者を出した。
「聖水大橋」は韓国人自身の手で設計され建設された「韓国の誇り」であり、ソウル・江南方面と江東方面を結ぶ重要な鉄道拠点だったが、事故の原因は手抜き工事によるものだった…

…1995年、ソウルの静観な住宅街にある三豊百貨店が多くの買い物客を巻き込んで崩落し、死者500人を超える大惨事となった。
だが、建物崩壊が起こる危険性は事前に百貨店の経営者たちに知らされていた…

自由と豊かさが本格的に花開き始めた1990年代の韓国社会。
そこで起こった大事件を通して豊かさの代償を問うドキュメンタリー。
サイゴウ
「この映画は、ほぼ同じ時期に起こった韓国史上の大事件を描いたドキュメンタリーなんだけど、改めて時間軸順に並べてみると韓国の民主化政権時代が踏んだり蹴ったりの幕開けであることが、よーく分かる」

サカモト
「しかも、この後に怒涛のIMF下体制も始まる訳ですから、この映画で扱ったものは序章にしか過ぎませんし、今現在の韓国を思うと、呪われているというか、社会の根幹がまだまだ未熟で安定していない国だな、ってつくづく思ってしまいました。表向きの繕いや辻褄合わせは上手なんですけどね」

サイゴウ
「事件当時の人たちをそのまま今の韓国に連れてきたら、生活水準や自由度が遥かに上なのでビックリはするだろうけど、社会の不安定さと格差については【嘘だ!こんなはずじゃない!】って言いそうな気がする。延世大とか高麗大の前でデモやって機動隊に石投げていた連中ならモチベーション無くしそうだ」

サカモト
「当時のソウルの空気って、淀んで暗くはあっても、みんな表情が明るくて目がキラキラしていた、っていう印象が強いのですが、なによりも過度なネット依存社会になっていない分、今ほど無責任でデタラメな嘘が堂々とまかり通っていなかったような気もします」

サイゴウ
「その代わり、【みんなが言っているから】という理屈に影響されやすい部分も大きかったけどな。それが今はネットを介して【なんでもあり】の【無秩序状態】に変わったワケだけど、少数ながら、まともな人たちの意見も固定的に発信されるようにもなったから、『至尊派』のような事件は起こりにくくなっているかもしれない」

サカモト
「その分、ソーシャル・ネットワークに踊らされた不満分子の攻撃先が、より韓国の現政府、司法、富裕層、そして日本へ直接向かって来ているような気はしますけどね」

サイゴウ
「声高にひとりよがりな意見を主張して騒ぐ連中の多くは、概して周囲と自分の相対関係を客観的に見る能力が欠如していると思うよ。残念だけど、そういう人が韓国は日本より多いんじゃないのかな?」

サカモト
「この映画で取り扱っている三大事件の原因も、結局は韓国特有の【自分が一番】【自分が正しい】【他人が悪い】という、いつものセオリーが背景にあって起こったともいえるのではないでしょうか?」

サイゴウ
「でも、それって学術的に証明できないし、オレたち外国人が指摘するんじゃなくて、韓国の大衆自身がそういった気質を自覚して大きな改革ムーブメントを起こさない限り、これからも大して変わらないだろうな」

サカモト
「そして新たな社会改革が起これば起こったで、別の不満を言い出す輩も必ず出てきますから、せっかくの動きも【正論偽装の身勝手要求】にすり替わってしまう危険性は絶えずあるでしょうね、韓国では…」

サイゴウ
「韓国で個々人と接する限り、【イっちゃった異常な人】にはあまり会わないし、オレらの【反韓】的意見についても、それなりに耳を傾けてくれるように見えるんだけどな。でも結局は【聞いているフリ】だけなのかも。そこら辺、日本人には受け入れ難いというか、理解が難しいと思う」

サカモト
「でも、韓国人同士でそうなら、【聞いているフリ】という問題は、なお深刻ですよ。だから韓国人は自分の思い通りにならないと、すぐに相手を恫喝したり屁理屈のゴリ押しをして、ヘゲモニーを握ろうとするのかもしれませんけどね」

サイゴウ
「各人それぞれだから、「韓国人はこうだ」なんて一概には言えないけど、地道な相互理解が実は成立しない社会なのかもよ…そういえば、今回題材にもなっている聖水大橋の事件が起こってから韓国の建築基準法関連は大幅に変わったよな。1990年代後半から2000年代初めにかけて既にある物件の改築だとか建て直しが盛んに行われて、個人オーナーは大変だったみたいだけど…」

サカモト
「でも、法律を強化しても【手抜き体質】は相変わらず、って気はします。確かに今の新しい建築物はしっかりしていますから安定感はありますけど、最後に儲かるのは特定業者とそれに近い人であって、とばっちりを喰らうのはいつも一般庶民、という構図。再開発で沸き起こる街場の大騒ぎ報道を観るたびにそう思いますよ」

サイゴウ
「日本だって、お役所や大企業中心で物事が廻り、一番迷惑を被るのは貧乏人という構図は同じだけど、韓国より極端ではないかもしれないな。日本は行政と経済、文化の間に不可視の境界線が一応あって、一種の安全装置になっていると思うんだけど、韓国は【なんでもかんでも国家・行政主導】になっちゃう。しかも、一般の人たちが国に対してひどい依存気質になっていることを自覚していないように見える。大事件が起こるたびに【政府が悪い!財閥が悪い!日本が悪い!だから俺たちに金と権利をよこせ!】って、一時的に面白おかしく盛り上がるけど、五年、十年経てば、みんな忘れちゃう。【もしかしたら自分自身に原因があるのでは?】という突き詰め方をしないから、失敗で得た教訓が持続性のあるものとして残り難いんじゃないのか?」

サカモト
「至尊派や聖水大橋と三豊百貨店の事件、事故にしても当時は大騒ぎでしたけど、今では多くの人たちにとって大昔の忘れかけた出来事になっているのではないでしょうか?」

サイゴウ
「結局、自分に直接関わって来ない限り、どの事件も一種のゴシップみたいなモノ。韓国社会は事象の移り変わりが激しいので、【反日】と【政治家と財界人憎し】以外の過去に拘っていると今の暮らしがやって行けない余裕の無さもあると思う。【教訓が生かされない】という点ではオレたち日本人も、とやかく言えないけど、日本では少なくとも事が起きてから二十年、三十年くらいは教訓として残っている気はするので、まだ救われるって感じかな?」

サカモト
「さて、この『ノンフィクション・ダイアリー』ですが、日本で公開されたら反響はあるでしょうか?』

サイゴウ
『この映画に出てくる1990年代の三大事件は当時の日本でも珍しく報道されたから、【韓流】ではない【韓国の事象】に関心の深い人なら結構面白いと思う。『至尊派事件』なんて、それこそ日本のマスコミじゃ、扱いが【ほんの触り】だけだったので逆に今観ると衝撃的かもしれない』

サカモト
「映画の中では至尊派アジトの死体焼却施設や、そこで処理された犠牲者の遺体をちゃんと見せますからね」

サイゴウ
「犯人たちの処刑直前の様子から執行されて遺体が運び出されるところまで、当時の韓国ではTV中継していたらしいのには驚いた。それだけ彼の国では大きな事件だったんだろうけど、そこら辺の感覚は日本じゃ、わからないよな」

サカモト
「犯人たちが自分らの正当性ばかり訴えていた姿は日本のニュースで見たので覚えているんですけど、改めて観直すと、リーダー格の男なんて自分のやったことを自覚する能力が全く無いんじゃないかと思うくらい、粗暴で不遜ですよね」

サイゴウ
「至尊派連中が狎鴎亭辺りを闊歩していた「オレンジ族(※)」を憎んでいたことは有名な話だけど、その割に彼らの髪型とかファッションが「オレンジ族」みたいなのは物凄い矛盾を感じたよ。サラリーマンみたいな堅気の格好で犯罪に臨み、自己主張を繰り広げていたら、韓国社会への影響はまた違っていたんじゃないだろうか?」
(※)1980年代後半、狎鴎亭付近を闊歩しナンパを繰り広げていた裕福な家庭の若者たちの総称。ある意味、今と状況はあまり変わらないような気も。

サカモト
「彼らについては元捜査関係者や宗教関係者もインタビューに答えていますが、あそこら辺は韓国でも知られていなかったことなのでは?」

サイゴウ
「でもそれって、やっぱり至尊派事件が一過性の話題に過ぎず、世間にとっては【面白おかしい】ゴシップでしか無かった、っていう証なのかもしれないけどな」

サカモト
「今の日本では【反韓・嫌韓ブーム】の格好な揚げ足取り材料にされそうな作品ですが、【韓流ブーム】真っ最中なら逆にマスコミその他の怒りを買って完全に抹殺されそうですね。それを思うと日本もトホホです」

サイゴウ
「どちらにしても日本でこの作品は世間の関心を呼び起こさないだろう。なぜなら【反韓・嫌韓ブーム】にしても【韓流ブーム】にしても、その根底には日本人の一貫した【韓国への無関心】があると思うからだ。だからこそ、どちらもマスコミやらインターネットがネタとして煽ることで【ブーム】として盛り上がっちゃうワケだろ?そこに『ノンフィクション・ダイアリー』のようなキッチュだけど硬派な韓国の社会派ドキュメンタリーを持ってきても、興味を示すのはやっぱり韓国についてコアな専門的関心を持っている一部の人たちだけ。そういう意味では今も昔も日本の【韓国ブーム】から遊離してしまう作品じゃないかな?ただ、一般公開は無理にしても何らかの形で日本語字幕付きヴァージョンを紹介してもいいと思う。日本の【韓国無関心】や【韓国幻想】に対して、ある程度補完してくれる可能性を持った作品かもしれないからな」
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『サンタバーバラ』(2013)★ [韓国映画]

原題
『산타바바라』
(2013)
(韓国一般公開 2014年7月16日)

日本語訳題名
『サンタバーバラ』

勝手に題名を付けてみました
『二人のサンタバーバラ』

santa2.jpg

(STORY)
ジョンウ(=イ・サンユン)とスギョン(=ユン・ジンソ)、二人の出会いは袖振り合うところから始まった。

音楽監督として作曲業に携わるジョンウは、ある日、自宅兼仕事場に押しかけてきた中年女性たちに借金のカタとして大事なギターを取られてしまう。
そんな彼の窮地にチャンスを投げかけたのが、広告代理店に務めるスギョンだった。

友人の友人という浅い縁、仕事も価値観も異なる二人だったが、仕事を通してデートを重ねるようになり、やがて恋人関係になってゆく。

だが、冷酷に仕事を進めるスギョンのやり方は、やもをないとは言え、広告仕事に慣れていないジョンウにとっては決して納得できるものではなかった。
このことを機に疎遠になる二人だったが、しばらくぶりにジョンウに再会したスギョンはアメリカのスタジオで録音を行う仕事を申し出る。
スタジオのある場所、そこは二人が好きなカリフォルニア州南部のサンタバーバラだった。

空港で二人を迎えたのはアメリカに住んでいるジョンウの妹、ソヨン(=イ・ソンム)だ。
最初は皆で仲良くワイン醸造所巡りをする楽しい日々が続き、スタジオ側との交渉もうまくいくと思えたが、ジョンウとスギョンに突然録音スタジオが使えないという危機が降りかかる。
サイゴウ
「いやあ、はたまた企業経営者のお遊び映画だな、こりゃ。そう考えるとなんだかイヤ」

サカモト
「てっきり、前作『내가 고백을 하면(私が告白すれば)』で懲りたのかと思っていたのですが…」

サイゴウ
「チョ・ソンギュ監督自身はちゃんと韓国映画界の実績もあるわけだし、映画人であることも間違いないし、時々こういう内輪ウケ的なインディーズ映画があってもいいとは思うんだけど、【スポンジ・ハウス】(※)で観ちゃうと、苦笑するしかない映画でもあるよな」
(※)地下鉄五号線『光化門』駅近くにあるミニ・シアター。昔はソウル市内に複数あったが今はここだけ。

サカモト
「でも、映画製作を行う上での道具立てとして映画界の人脈やロケ場所を利用しているだけと思いますよ。【利用できるものはクソでもゴミでも何でも使え!】というロジャー・コーマン的な製作者の姿勢でしょう。それに作品の内容自体は一般観客を考えて作っていると思いますよ、本作にしても前作の『내가 고백을 하면(私が告白すれば)』にしても…しょぼく見えるのはやっぱり予算の問題でしょうし、映画監督として新人なので腕前も仕方ないと思いますが、決して不愉快な作品ではありません。ドロドロに【極私的な映画】という意味でならキム・ギドクやホン・サンスなんかの方が【濃さ】が遥かに上ですし、【不快指数】も高いでしょうし…」

サイゴウ
「まあ、前回も今回もまだまだアマチュアの領域を抜けていないけど、内容は健全で前向きだから確かにそれほど悪くはない。ただ、映画として面白いかどうかは、やはり別の話。それに会社としての【スポンジ】(※)って今、儲かっているのかな。昔は勢いがあったけど、最近はなんだか元気が無いように見えるから、ちょっと心配だ」
(※)資料によれば監督のチョ・ソンギュは(株)스폰지이엔티の代表を務めている。

サカモト
「【スポンジ】はブロックバスターに偏った韓国映画界でニッチ需要に特化して儲けた、なんて言われていた会社ですからね、チョ・ソンギュ監督は企業経営者として凄腕なのかもしれませんよ。配給する作品も良作が多いですし…」

サイゴウ
「日本映画の配給が多いので【スポンジ・ハウス】自体がだいぶ前から【準日本映画専門館】みたいになっちゃっているけど、それってオレたちも本当は応援すべき事なんだろうけどな」

サカモト
「そういう話はとりあえず脇において、作品自体の話に戻りましょう。今回は前作よりも【内輪ネタ度】が下がっていますから今後ニ、三本撮れば、映画として、もっとこなれた作品を作れそうな気がしました」

サイゴウ
「予算的な問題は仕方ないとしても、シナリオを監督自身じゃなくて思い切って別の人に任せたら、もっとよくなるんじゃないのかなぁ。既に作品からは独特のまったりとした風合いが漂って来ているので今の方向で押し切っちゃう手もあるけれど、それだと他のインディーズ系の監督とは違って毒気や不健全さが無いので、ちょっとマーケット的に苦しいかもしれないな」

サカモト
「でも、そうした独特の【健全さ】は韓国インディーズへのアンチテーゼにも見えますけどね。そろそろ、【普通の話と普通の感性】で世間に認められるインディーズ系監督と作品群が出て来てもいいと思うんですけど」

サイゴウ
「そこら辺の差別化戦略をどうするかは興行ビジネスとして辛いところだよな。でも、監督自身が資金集めをして、自社施設を使って映画を回して大損していないのなら手堅いということになるんだろう」

サカモト
「そこら辺の台所事情は、直接チョ・ソンギュ監督に聞いて見ないと分かりませんけどね」

サイゴウ
「今後どれだけ、【チョ・ソンギュ監督】という名前に対して固定ファンが付くかどうか、だよな」

サカモト
「でも、今回の『サンタバーバラ』を見た限りでは、それなりに映画的な見どころは増えていますし、地味ながらキャスティングもいいです。『내가 고백을 하면(私が告白すれば)』の場合、主演二人が有名過ぎたので、どうしても【今頃なロートル感】がありましたけど、今回のキャスティングは中堅どころといった感じだったので丁度良かったのでは?」

サイゴウ
「スギョン演じたユン・ジンソって女優はハタチぐらいの時の印象がオレ的には強くあるので【お久ぶり】感があったんだけど、実はコンスタントに仕事やっているんだよね。韓国ドラマなんて観ないから、そこら辺知らなかったんだけど…」

サカモト
「ジョンウ役のイ・サンユンもTVの方で活躍している人ですが結構映画にも出ています」

サイゴウ
「彼は全く記憶に無い俳優だったんだけど、そんなに悪くなかったよな。マッチョを売りにしていないので今回のようなインディーズ系の地味な映画が似合う俳優かも」

サカモト
「映画のお話自体は身も蓋もない日常的な物語を追っているだけであって格段凄いことが起こるわけではないし、アメリカでロケをしても映画的にパッとしていないのですけど、冴えない分だけ逆に男女関係の描き方はリアリティがあったと思います」

サイゴウ
「大人同士の恋愛って、やっぱりあんなもんだと思うよ。情絡みの仕事が二人の間に溝を作っちゃうところなんかは実際にもありがちだよね」

サカモト
「でも、広告代理店って傍から見ると何をやっているのか、第三者にサッパリわからないのは日本も韓国も同じですね」

サイゴウ
「そんなに細かく代理店の様子を描いているワケじゃないけど、外から観ればあんなものなのかもしれないな。でも音楽関係の仕事をリアルに映しているかといえばそうでもないので、各人仕事のディティールについてはあくまでも物語を進めるための状況設定だな」

サカモト
「そういう不透明さは前作も同じでしょう」

サイゴウ
「でも、実際の仕事の様子を細かく具体的に描写することは、映画において非常に大切な事だと思うので、どうせ、これからも内輪ネタを続けるのなら、【映画館で働くアルバイトの話】だとか【地味なアート・フィルムを買い付ける配給会社の話】を細かくやったら面白いんじゃないのかな?」

サカモト
「それって、褒めているのか、けなしているのか、よく分かりませんけども…」

サイゴウ
「別に嫌味じゃなくて、内輪ネタであっても徹底してやることが必要じゃない?ってこと。例えば今回もパク・ヘイルやキム・テウが劇中ゲストで出てくるワケだし、【スポンジ・ハウス】でロケ撮をやっているんだけど、毎回作品の中でそれを繰り返すことでチョ・ソンギュという人の【映画監督としての個性】と【お約束】になりうるんじゃないだろうか?それって、結構重要だと思うけどな」

サカモト
「いやあ、事情を知らない一見のお客さんにすれば、【なんだ、こりゃ?】で引いちゃいますよ」

サイゴウ
「たぶん、チョ・ソンギュという人は立場上メジャーとは対極の場所にいる映画人だと思うし、韓国映画界におけるメジャーとインディーズの溝は想像以上に深いらしいから、どうせブロックバスターなんかやらないのなら、そういった【お遊び】的なことにこだわった方が観客としては愉快だし、それを許されるのがインディーズ系映画の大きな武器だと思うんだけどね」

サカモト
「どちらにしても映画監督としてのチョ・ソンギュという人を、ちょっと見守っていたい気はしますね」

サイゴウ
「あんまり期待はできないけどね…」

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『10分』(2013)★ [韓国映画]

原題
『10분』
(2013)
(韓国一般公開 2014年4月24日)

英語題名
『10 Minutes』

日本語訳題名
『10分』

勝手に題名を付けてみました
『ボクの決断』

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(STORY)
大学を卒業後、TVプロデューサーを目指しながら、半年間の期限付きで民間の「韓国コンテンツセンター」にインターンで勤めることになったカン・ホチャン(=ペク・チョンファン)は、あまり豊かではない一般家庭で育った普通の青年だ。

「韓国コンテンツセンター」とは名ばかり、何をやっているのかさっぱり分からない会社で、毎日が地味で単調だ。
部長(=キム・チョング)は比較的温和な人物だが、先輩格のノ・チョンレ(=ソン・ミンジェ)は仕事をさぼってばかり、チョン・ユンジン(=チョン・スンギル)の方は口やかましい。

だが、そんな組織で真面目なホチャンはコツコツと仕事をこなし、周りにはいつも気配りを忘れず、すぐに皆から信頼される「インターン社員」になる。

そんな折り、彼に部長直々で「韓国コンテンツセンター」の一般入社試験を受けるよう、誘いがかかる。
当然ホチャンが受かるものと、当人も周りも疑わなかったが、実際に合格したのはコネで入社したソン・ウネ(=イ・ジウォン)だった。

だが、そのウネは有能でバリバリと仕事をこなし、要領もいい人物だったため、ホチャンの立場はあっという間に失墜してしまう。

そこに家庭の事情も重なって、ホチャンは荒むが、重要なプレゼンテーションの失敗でウネが退社したことから、定員に空きが出る。

そして防空訓練の最中、机の下でホチャンは部長から正社員になるか否か、究極の進退を迫られることになるが…

決断のリミットは10分間。
やがてホチョンが選択したものとは。
サカモト
「映画監督がデビューする時、【題材は自分が一番知っていることを選べ!】と、指導する側から言われることがあるらしいですけど、それをまんまやってしまったのが、この作品です」

サイゴウ
「観終わってしばらく経って思い出してみると、それなりに演出は優れていたような気もするんだけど、やっぱり才能の良し悪しが見えてこない作品だったな。なにせ、題材があまりにもつまらなすぎる。こんな内輪受けのプライベート・ネタを金取って客に観せてどうするんだろう?」

サカモト
「それに、第三者からすれば単なる愚痴にしか見えませんよ。共感できない訳ではありませんが、わざわざ映画にして訴えるようなことかと…」

サイゴウ
「若者の就業だとか、採用する企業の姿勢だとか、それなりに問題を提起してはいるし、組織の理不尽さや人間関係も細かく描けているんだけど、ここ数年、韓国映画はそんなネタばっかり、特にインディーズはそうだから、内容うんぬん以前に、観ていて客としてうんざりしちゃう」

サカモト
「なんやかんや愚痴っていても、描かれている仕事の内容は緩そうだし、大人からすれば【給料もらって働けるだけ恵まれていると思うべし】ですよ」

サイゴウ
「主人公と特定の誰かの関係に絞って、もっとカリカチュア化したコメディにでもすれば、社会派エンタティメントにも出来たと思うんだけど、作り手側にそういう志向はあんまりないのかもしれないな」

サカモト
「例えば、コネ入社の同僚にひたすらライバル心を燃やし、挙句の果て二人は恋に陥るとか、ダメ上司とヒラ連中の陰険な戦いを描くとか、アレンジの仕方はいくらでもあったと思います」

サイゴウ
「そういう方向性も映画の企画段階では考えていたんじゃないのかなあ?だけどシナリオがうまくまとまらないとか、予算枠で出来ないとか、現実的な事情があって、こんなにつまらない内容に転んでしまったのかも…」

サカモト
「劇中、主人公の職場と彼の実家のエピソードが緩く交差しているんですけど、これも詰め方が半端だったと思います。おそらく物語のメリハリをつけるために、こういう構成になったのではないかと思うのですけど、ごく普通の家庭の様子をダラダラと見せられても観客してはウンザリ」

サイゴウ
「やっぱり、【映画のリアリズム】は【現実そのままではない】ってことなんだよね。いくら真実に迫って見えても映画というものは【嘘】に過ぎない。多分、監督は生真面目で嘘をつくのが嫌いな性格なのかも」

サカモト
「でも、映画のイマジネーションって、【意識しないで嘘をつけるかつけないか】というのも重要な事だと思いますけどね」

サイゴウ
「もちろん、この映画も100%真実を描いているワケじゃなくて、大部分が創作されたものではあるんだろうけど、そう見えないのが逆に辛い。普通なら【リアルで上手い】なんだろうけど、話がツマラナすぎるので【虚像の巧みさ】みたいなものが伝わってこないんだよな」

サカモト
「この物語があくまでも虚像にすぎないことを一番象徴していたのが、舞台になる『韓国コンテンツセンター』なのかもしれません。でも、何を業務にしているのかサッパリ分からないので、映画的アイコンとしては損していたと思います」

サイゴウ
「【何をやっているのか分からない】って言うのは演出上のキモだろうし、それゆえ、組織の不条理さやツマラナサも描けたとは思うんだけど、監督だけがそれを分かって勝手に喋っている感じがする」

サカモト
「観客のことなんか顧みないでも【名作】として成立している作品はありますが、そういう映画ではありませんからね。監督の指向性もアート系、ロマン派ではないようですし…」

サイゴウ
「聞いた話では監督のイ・ヨンスンって、以前、実際に韓国の某フィルム・センターで働いていたらしい。つまり、この『韓国コンテンツセンター』で繰り広げられる話は、その時の暗喩とも解釈できるワケだけど、やっぱり劇映画として取り上げるネタじゃないよな」

サカモト
「どうせ映画のネタにするなら、実話をまんまやってしまった方が【うんちく&ゴシップ物】として、まだ面白かったのではないかと思います」

サイゴウ
「まあ、日本でも【コンテンツ】だとか【映画】だとか【ミュージック】だとか、そういった単語が名前に含まれている組織って、実態は地味で単調な仕事ばかり、というのが相場。それは韓国も同じ、という意味では共感できる人が日本にもいるのかもしれないけど、やっぱり、映画ネタとして面白いかどうかは全く別の話だよな」

サカモト
「【身を粉にして就職活動する意味ってなんだ?】みたいなメッセージも作品からは読み取れますけど、どこでも皆それを乗り越えて、そして我慢して働いている訳ですから、私はあまり共感できません」

サイゴウ
「この映画を観た客から【劇場で公開されただけ、恵まれていると思え!】って、ツッコミ入れられても仕方がないよな」


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『父のEメール』(2012)★★★+1/2★ [韓国映画]

原題
『아버지의 이메일』
★★★+1/2★
(2012)
(韓国一般公開 2014年4月24日)

英語題名
『My Father's Emails, 2012』

日本語訳題名
『父のEメール』

勝手に題名を付けてみました
『父の遺したEメール』

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(STORY)
父が死んだ。
晩年、アル中の引きこもりになった彼は、家を出て、家族と疎遠な生活を送っていた。

子供たちとの関係もだいぶ前から気まずくなっており、娘や息子もまた、自分たちの父が何を考え、どう生きてきたか、今となっては知るべくもない。

だが、映画監督を目指す次女ジェヒ(=監督ホン・ジェヒ本人)と家族の元に、父から43通のEメールが送られていた。
おそらく苦労して送信しただろう、父からのEメール。
それを開くと、そこには子供たちが知る由もなかった父の人生が記されていた。

父は今の北朝鮮、黄海州に生まれ、学生の時に朝鮮戦争が起こり、着の身着のまま、独りで韓国に逃れてきた。
やがて、韓国で職を得て結婚し家庭を築き、建設会社のスタッフとして戦時下のベトナムや、中近東に赴任して家族を養ってきた。
ソウル・オリンピックにはボランティア通訳として参加と、彼が通って来た人生は、まさに韓国が辿って来た道をなぞるかのようだった…

実際に残されたEメールを元にして描く、光復節後の知られざる韓国現代史。
サカモト
「あくまでも個人的なドキュメンタリーに思えたので、観る前は乗り気がしませんでしたし、睡魔と闘う二時間になるのかな、って臨んだのですけど、全くそういうことはありませんでしたね。むしろ歴史エンタティメントに仕上がっていて、観客として嬉しい誤算でした」

サイゴウ
「日本の『エンディング・ノート』を連想させる作品なんだけど、『エンディング・ノート』が【私的枠内】で進む内容だったことに比べ、『父のEメール』はいつの間にか、韓国現代史へ拡がってゆく。そこら辺は韓国らしい作品だったな」

サカモト
「演出的にも韓国のドキュメンタリーらしい部分がたくさんあって、素材を大胆にいじってしまう手法が、映画を分かりやすく面白くする上で効果を上げていたと思います。『エンディング・ノート』はそこら辺のアプローチが逆なので、日韓女性監督の現代ドキュメンタリーとして比較すると、面白いのではないでしょうか」

サイゴウ
「韓国の某映画祭では最後までグランプリ候補だったらしい。それがうなずける作品ではあったな」

サカモト
「日本でもきちんと上映できる完成度だとは思うんですけど、やっぱり問題になりそうなのが、あまりにもドメスティックな内容でしょう」

サイゴウ
「ある程度、韓国の現代史に興味が無いと、ちょっと辛いかもしれないな。でも、韓国の一般家庭が抱える問題を描いた、という点では、日本人にも観て欲しいと思う。まあ、あまりに個人的過ぎる部分もあるから、それに反発する映画好きや韓国嫌いも出て来るだろうけどな」

サカモト
「でも、今は韓国内でも、この作品で扱っているテーマって、みんな関心が無くなっていると思うのですよ。一般家庭で昔の話は、あんまり話題にならないみたいですし、ましてや赤の他人の赤裸な々打ち明け話なんて、みんな観たがらないでしょう」

サイゴウ
「歴史的なものに関心が薄くなり、話題に上らなくなるのは日本も同じだけど、それ以前に日本、韓国に共通することとして、歴史的事象を直接目撃した人たちって、そういうことをあまり話さないよな。日帝時代の経験者なんて、昔の思い出を日本人にしか話さなかったりする」

サカモト
「この作品のテーマでもある、監督本人の父親もまさにそうですよね。それもまた、家族関係がうまく行かなくなった原因の一つだとは思うんですけど、その一方で【父親とは概して自分の人生を語らない】ものなのかもしれません」

サイゴウ
「監督の父親と同じ経験をした人たちは、韓国で少なくないとは思う。でも、それを誰かに伝える機会がないまま、この世を去ってしまっているのなら、それはとても寂しいし、韓国の文化的な損失だろう。今回の映画はたまたま、父親当人がリテラシーの高い人だったので、偶然Eメールの形で個人史が残されたワケだけど、ホント、幸運だったよ」

サカモト
「朝鮮戦争時に着の身、着のまま、独り北側から逃げて来たことに始まって、ベトナム戦争と中近東には建設の仕事で、88年オリンピックでは通訳として、死ぬ間際には住民運動と、絵に描いたような韓国現代史を背負った人生なので、ちょっと不自然な気もしましたけどね」

サイゴウ
「当時、それなりにインテリで使える人は皆、似たような経験をしていたんじゃないのかな。それに当時の韓国はそれだけ社会が動いていたワケで、決して珍しい境遇ではなかったと思う。彼がお偉い人ではなくて、社会での立場も微妙なポジションだったから、そういう激動の背景になった、ということもあるだろうけどな」

サカモト
「今の韓国の若い世代と、この映画で描かれたお父さんの世代の平均的インテリジェンス(知的レベル)って、実はかなり違うと思うのですよ。【頭のいい悪い】という優劣の問題ではなくて、昔の韓国のインテリたちの方が、今の韓国の若者たちよりも、遥かに分別があったと思うのです。でも、もしそうだとすれば、それが世代間の軋轢の元にもなって、この映画のお父さんも、それが家族から遠ざかる結果になってしまったのかな、って気がしました」

サイゴウ
「長女が父親の知り合いのベトナム人と結婚してアメリカに移住している、っていうのも、モロに一昔前の韓国を引きずっているよな。劇中、アメリカにある長女の家で撮影した映像がかなり出て来るんだけど、韓国語で父娘の諍いが始まると、ベトナム人の旦那は【また始まった】みたいな諦め顔になって、完全に蚊帳の外になってしまうのが、ちょっとユーモラス。でも、これらのシーンには、外国の韓国人移民が潜在的に抱えている問題もなんとなく漂ってもいる」

サカモト
「監督のお父さんの老後は【アル中】に【引きこもり】、【家庭内暴力】というブラックな展開になってゆく訳ですけど、韓国社会でそれなりに成功していても、結局は孤独であり、誰も自分を分かってくれないという、故郷を追われた人特有の寂寥感を最後まで引きずり続けたのかもしれません」

サイゴウ
「そういえば、南北離散家族問題って、1990年代後半くらいから韓国内でも、めっきり話題に上らなくなったよな」

サカモト
「韓国で生まれ育った多くの人にとって、【離散家族問題】はあくまでも他人事、自分たちに関係ないアウトサイダーの問題だった、ってことなのかもしれません。そういう哀しみも、この作品の背景にはあったと思います」

サイゴウ
「豊かになった韓国社会というものに対して、最後までアウトサイダーであり続けなければいけなかった男の、悲しい人生行路って感じのドキュメンタリーだったのかな?」




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