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(2015年7月より不定期掲載)
日本と韓国の裏側で暗躍する秘密情報機関JBI…
そこに所属する、二人のダメ局員ヨタ話。
★コードネーム 《 サイゴウ 》 …仕事にうんざりの中堅。そろそろ、引退か?
☆コードネーム 《 サカモト 》 … まだ、ちょっとだけフレッシュな人だが、最近バテ気味

韓国映画の箱

(星取り評について)
(★★★★ … よくも悪くも価値ある作品)
(★★★ … とりあえずお薦め)
(★★ … 劇場で観てもまあ、いいか)
(★ … DVDレンタル他、TVで十分)
(+1/2★ … ちょっとオマケ)
(-★ … 論外)
(★?…採点不可能)

『モッ』(2013)★★★★ [韓国映画]

原題
(2013)
★★★★
(韓国一般公開 2014年11月20日)

英語訳題名
『Mot』

日本語訳題名
『モッ』

勝手に題名を付けてみました
『悔恨の沼』

モ1.jpg

(STORY)

大学卒業後、教師として故郷に戻ってきたヒョンミョン(=ホ・ヒュフン)。
村の日常は昔と変わらないように見えたが、地元チンピラに落ちぶれた旧友ソンピル(=カン・ボンソン)や、つまらない仕事に就いているトゥヨン(=イ・パウロ)との再会は、彼らだけが知る、ある思いを再び燃え立たせる…

…それは高校生最後の冬休みのことだった。

学年の仲良しグループであるヒョンミン、ソンピル、ゴヌ(=ピョン・スンソク)、ソンピルの妹キョンミ(=キム・ウォニ)、チンギョン(=イ・ジェヨン)らは、山の中にある“モッ”と名付けた沼の辺りで、キョンミの誕生会を兼ねた夜のパーティーを企画する。
そこは彼らだけの秘密の場所であり、なぜ沼があるか、誰も知らない。

夜、バーベキューに花火大会と、楽しいひと時を過ごすが、ヒョンミンはふとしたことから、ゴヌとキョンミがソンピルに秘密で付き合っていることを知る。

一旦ゴヌとキョンミは村に戻り、そこで互いの気持ちを確かめ合った後、“モッ”へ戻ろうとするが、ゴヌの不注意で二人のバイクは橋から転落し、キョンミは命を落としてしまう。

事故後、気が収まらないソンピルは、ヒョンミョンらとゴヌを“モッ”へ連れ出し、責め立てるが、ゴヌは沼に浮かんだキョンミの遺品を拾おうとして溺れてしまう。
だが、ヒョンミンたちはゴヌを助けなかった。

村でゴヌは行方不明扱いとなるが、真相を知るヒョンミンたちに待っていたのは、悔恨と絶望の日々だった…

一時の激情が招いた親友の死。
それを誰にも打ち明けることが出来ない無限地獄を鮮烈に描く。

サイゴウ
「地味で暗くて陰鬱で、救いも何もない悲惨な青春群像なんだけど、地に足がついた演出ぶりと冴えた映像美、そして好キャストの秀作だと思う。特に映像の構図とロケーションの良さは、この手の作品として飛び抜けていた」

サカモト
「最初はよくある【田舎の不良物】みたいですけど、自伝的な空気をところどころに感じる、真面目系のいい映画でしたね。若手の低予算インディーズって、おちゃらけか、糞真面目の両極端に分かれがちで、うんざりすることがよくありますが、今回の『モッ』はそういった嫌らしさを感じません。ソ・ホビン監督の誠実さみたいなものが非常に感じられました」

サイゴウ
「地方の絶望を描いているようでもあり、コネ無し、学歴なしの悲惨な青春を訴えているように見えなくもないが、舞台も登場人物も、等身大でリアルだ。よくあるネタかもしれないけど、そこに解決の糸口が決して見えないサスペンス的状況をうまく絡めることで、物語が終わっても主人公たちが一生トラウマを抱えて生きてゆかざるをえない姿を丁寧に描写している。ラストは賛否両論あるだろうけど、あれもまた【よし】だと思う。無理に決着をつけても、この手の話はろくなことにならないだろうしな」

サカモト
「地方出身者の閉塞ぶり、絶望感って、昔から韓国では愚痴混じりに聞かされますし、青春映画の一ジャンルみたいな部分もありますね」

サイゴウ
「なんでも地方がダメ、というワケじゃなんだろうけど、やっぱり、地方が疲弊した中央集権の時代が長いから、その影響が今だ濃いんだろうな。ソウルからちょっと出ただけで、本当に人影の無い田舎が広がっている。国土が狭い分、商売的には自動車使えばなんとかなる部分もあるんだろうけど、青少年にとっては、故郷を捨てるつもりじゃないと、やっぱりそこで【人生終わり】みたいな絶望感があるんだろう」

サカモト
「かといって、上京しても誰でも彼でもソウルに集まってしまうので、有能でもコネ無し、金無しはホント、きついと思います」

サイゴウ
「故郷に残っても、田舎だから【のんきでOK】では済まされないだろうし…」

サカモト
「この映画の悲劇性は、やはり、登場人物たちが狭い共同体の仲良しグループだった、ってことにあると思います。だから、恋愛その他で秘密を抱えても、互いが自制しているので大きな問題にはならない。でも、その閉鎖的な仲良し関係ゆえ、一旦取り返しのつかない事件が起きてしまうと、あっという間に亀裂が入ってしまいますし、他人に相談できないままで、一生秘密を抱えて生きてゆかなくてはならない」

サイゴウ
「劇中起こる出来事は、事件というよりも事故だから、なんで早く大人に相談しなかったんだよ、みたいな疑問も感じたけど、あの年齢の頃って、やっぱり、ああかもしれないな、とは後から考えたよ。男女関係も、ことをややこしくしていたしな」

サカモト
「第三者に解決の糸口を求めることが出来なかった悲劇は、狭い村社会ならでは、みたいな部分もあるでしょうね」

サイゴウ
「この手の物語は、主人公たちが成人した後、何人かは都会に出て成功していて…というパターンになるんだけど、そうじゃないところもいい。街を出て行った連中は他人でしかなく、脱出できなかった者だけが、延々とトラウマに苦しめられ続ける様子は、辛いよな。しかも、彼らだって夢や希望はあるんだろうけど、そういうものとは全く無縁のつまらない仕事に日々、身を費やさなくてはならないから、閉塞感ばかりが漂っている」

サカモト
「主人公のヒョンミョンは街を出た出世頭ですけど、故郷に教師として帰って来たばっかりに、嫌な過去を再び蒸し返すことになってしまいます。でも、彼が戻って来た理由には、やはり過去と決着をつけなくてはならないという意識が働いたとも解釈できると思います」

サイゴウ
「彼の帰郷は、【故郷の呪縛】だったんじゃないか?街を出ることが出来ないのも【呪い】であり、戻ってきてしまうのも【呪い】。そして、それを全て結びつける象徴であり儀式だったのが、高校時代の事件だったという…」

サカモト
「ヒョンビンが兵役前に出演した『私は幸せです』も、この『モッ』と非常によく似た背景の作品でしたね。最近のインディーズですと『개들의전쟁(犬たちの戦争)』もそうです。ただ、『モッ』がより悲惨な展開なのは、昔からの仲間がトラウマを深める要因になっていることでしょうか?」

サイゴウ
「ソ・ホビン監督は基本的には人間を信じているとは思ったけど、同時に、頼りにならない存在として突き放している感じもしたな。かなりのペシミストなのかもしれない」

サカモト
「キャステングも非常に良かったと思います」

サイゴウ
「かなり地味だし、決して上手いワケじゃないんだけど、みんな個性がはっきりしていて、それが各人の独特な演技に繋がっていたと思う。ヒョンミョン演じたホ・ヒュフンなんて、若いんだか老けてるんだか、よく分からないルックスだし、始終無表情、劇中ほとんど動かない印象があるんだけど、その得体の知れなさが逆にいい。大根役者に見えつつ、そうでもない、って感じかな?」

サカモト
「ソンピル役のキム・ボンソンは『足球王』にも出ていますが、まるで別人。『足球王』の時は素人かと思ったんですけど、『モッ』では予想外の多彩な面を見せてくれます」

サイゴウ
「同じ俳優だなんて、全然気が付かなかったからな。後でスチールを観て、初めて気がついたくらい」

サカモト
「『啐啄同時(줄탁동시)』で大変な名演を見せたイ・パウロも出ているのですけど、イメージが随分変わってしまっているので、気が付きませんでしたよ」

サイゴウ
「今後、この中で誰が出世するか、楽しみだよな。この『モッ』は総じて地味で暗く、人によってはかなり不愉快な映画かもしれないけど、2014年に公開されたインディーズ作品の中では、最も注目すべき一本だったと思うよ」


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『巨人』(2014)★★ [韓国映画]

原題
『거인』
(2014)
★★
(韓国一般公開 2014年11月13日)

英語訳題名
『Set Me Free』

日本語訳題名
『巨人』

勝手に題名を付けてみました
『ヨンジェ、絶望の巨人』

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(STORY)

離婚した親元を離れ、キリスト教系グループホームで育った高校生ヨンジェ(=チェ・ウシク)は、一見敬虔な信者に見えたが、寄進されたスニーカーを盗み、学校で売りさばく手癖の悪い少年でもあった。
高校卒業を控え、施設を出る日が近づくが、彼に将来のビジョンは無く、行く場所が見つからない。

同じ施設で暮らす高校生ポンテ(=シン・ジェハ)も同じ問題児だったが、その素行が施設を運営するチョン導師(=イ・ジェジュン)の逆鱗に触れ、追い出されてしまう。

ヨンジェにとって生活力のない父親(=キム・スヒョン)は全く頼りにならず、母親(=キム・ジェファ)は遠く離れた街で暮らしており、弟のミンジェは、まだ中学生だ。

施設を運営するチョン導師と小母(=ソ・キルジャ)も、子どもたちに対する愛情が欠如している人々で、彼らにとってヨンジェのような少年は邪魔なだけ。

聖堂に出入りしている助手神父(=パク・グンロク)に相談を持ちかけたヨンジェに興味を持ったボランティアのユンミ(=パク・ジュヒ)は、彼の力になろうとするが。

サイゴウ
「いやー、これも分かりにくい映画だった。家族から実質的に捨てられ、グループホームで育った少年が、自己のあり方を問う物語なんだけど、日本人にも共感できる部分がある反面、韓国の社会福祉と宗教団体の密接な関係が理解できていないと【なぜ、なぜ、どうして?】になってしまう。『巨人』という題名も暗喩的でピンと来ない」

サカモト
「私も観終わった後、主人公を巡る状況がよく理解できなくて、知人に色々尋ねてやっと分かった部分も多かったですね。題名については【絶望を食べ続け、自我が肥大して巨人のようになってしまった】という意味が含まれているようですが、なんだか、それも違うような印象を受けました」

サイゴウ
「映画では、オレたち外国人にとって、決して表からは見えてこないけど、韓国で暮らす人々にとっては周知の事実を背景に描いていると思うので、そこら辺が理解できないと、よくある【行き場を失った少年の悲劇】か、【身勝手韓国人のジコチュー話】みたいにも見えちゃう」

サカモト
「日本でも、家庭の問題で家族と離れて育った人たちは今も昔もいますから、我々も全く無縁ではないのですが、じゃあ、自分たちの周りにそういう境遇の人達がどの位いて、どういう思いで生きてきたか、については知らない事の方が圧倒的に多いですから、【分かりにくい】という意味では韓国だからうんぬん、ということではないと思いますけどね」

サイゴウ
「一般の韓国人も人によりきりなんだろうけど、主人公のヨンジェが育った場所がかなりキリスト教色の濃い環境なので、多くの日本人にとって、皮膚感覚で理解するのは、やっぱり難解だよ」

サカモト
「話のベースはこの作品の脚本と監督を手掛けたキム・テヨンの実体験に基づいているらしいので、ある意味、自伝なのかもしれませんけど、【どこからどこまで】というのは、確かに分かりませんね」

サイゴウ
「でも、そう考えると、観ていてなんだか分かりにくいのは、ある程度、仕方ないのかな?描いていること自体は普遍的なんだけどな」

サカモト
「【普遍的】と言えば、この作品が高く評価されている一番の理由は、やはり主演チェ・ウソクの強烈な熱演だったとは思います。でも、私にとってより印象的だったのは、映画全体から滲み出る、韓国社会に深く根を下ろしたキリスト教に対する強い不信感と絶望感でした」

サイゴウ
「韓国の一部の人達が愛国主義や民族主義、グローバリズムという名の事大主義に走ってしまう裏側には、韓国社会への【頑強な不信感】があると思うんだけど、今回の作品は、それを一少年の視線を通して描いた、と言えるかもしれない」

サカモト
「ヨンジェ自身はかなり丁寧に描かれているんですけど、彼が決して性格のいい少年ではなく、むしろ観客からは同情されつつ、嫌われることの方を重視して描いていたのでは?とも思うのですが、彼の父親だとか、グループホームを運営する夫婦もそうですし、劇中登場するカトリック関係者にしても、結構、冷たい目で描いていたと思います。私はそこに大きな不信感が感じられたのですが、それはキム・テヨン監督の韓国社会に対する想いの再現だったのかもしれません」

サイゴウ
「通常なら、キリスト教的な救済が大きな役割を担って提示されても不思議ではないんだけど、それがこの作品には希薄なんだよな。【キリスト教はあくまでも生きる上での方便、記号にしか過ぎない】みたいな割り切りと無常観がある。ヨンジェにしてもその周りの人達にしても、熱心な信者のように見えるけど、本当は信仰心なんかなくて、生き残るための習慣として、教義や福音を唱え続けているようにしか、見えなかったりもする」

サカモト
「宗教儀式に参加することがあまりにも当たり前のことなので、信者のフリを続けていることに本人たちは気がつかない、気づくことが出来ない、みたいな感じはありましたね」

サイゴウ
「キリスト教的なものが、この映画の物語にどのくらい影響しているかは残念ながらオレには、これ以上よく分からないんだけど、少なくとも登場人物たちは誰一人、信仰で救われていない。逆に、主人公は自分が宗教的な環境下で暮らしていることを利用して色々と悪さを行うワケだから、本質的にはキリスト教を信じていないんじゃないだろうか?ヨンジェが施設に寄付された物品を勝手に売買しているところなんかは、【形ばかりの信仰】をよく表している」

サカモト
「グループホームの運営を行っている夫婦らしき人たちにしても、えらく高飛車で性格が悪いですよね。家の中にはキリスト教の記号が散りばめてありますが、当人たちに優しさというものが全く感じられません」

サイゴウ
「逆に、ヨンジェのダメな父親の方が、よほど人間臭い。彼がキリスト教信者かどうかは、はっきり説明されないけど、おそらく、彼もまた何の考えもなしに帰依し、生きるためにキリスト教信者を続けている一人なんじゃないだろうか?」

サカモト
「韓国キリスト教の世俗化に危機を訴える声を、韓国で時折耳にしますが、この映画は、それが隠れたテーマだったのかもしれませんね」

サイゴウ
「そこら辺は監督に聞いてみないとわからないことではあるけど、宗教うんぬんは別にしても、日本と似て非なる韓国社会の生臭い現実と、隠蔽しようにも出来ない闇を見せつけられるような映画ではあったな」

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『弟子、玉漢欽』(2014)★ [韓国映画]

原題
제자, 옥한흠
(2014)
(韓国一般公開 2014年10月30日)

日本語訳題名
『弟子、玉漢欽』

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(STORYというか概要)

韓国を代表する巨大キリスト教組織「サラン教会(사랑의교회)」の元老牧師であり、その勃興期から布教に尽力した玉漢欽(옥한흠)。

彼は宗教人の教育者としても長年活躍し、韓国キリスト教世俗化を強く批判、牽制して来た人物でもあった。

没後(2010年9月2日死去)を経て描く、その人生と功績の記録。

サイゴウ
「いやー、これは久しぶりに頭抱えちゃった作品だ。マジで【観なきゃよかった】と思ったくらい」

サカモト
「そんなに酷い作品だったのですか?」

サイゴウ
「いや、出来そのものは想定内、よくある宗教啓蒙&個人崇拝なんだけど、韓国の教会事情が分からないと全く理解できない映画なんだよ。第一、題名の【玉漢欽】がどういう人なのか全然知らなかった」

サカモト
「でも、韓国の宗教界、特にプロテスタント関係者の中では大物の元老牧師らしいですよ」

サイゴウ
「そうなんだよな。著作は日本語に訳されて出版されているし、人物についてもちゃんと日本語のサイトで紹介されている。実際、オレが観に行った時は、この人を慕っていると思われる信者の人たちばかりで、映画でその功績が讃えられるたびに、涙を流していた」

サカモト
「私もWIKIで調べて見ましたが、日本語版は概論で留まっているのに対して、韓国版は詳しく記載してありますし、検索すると候補も沢山ヒットします」

サイゴウ
「結局、この作品を理解するには、【韓国式キリスト教】をよく知らないとダメ、ってこと。玉漢欽が高く評価されている理由の一つとして、その人柄と著作と後輩育成にあるらしいんだけど、予めそれを読み、その業績を調べ、なおかつ光復節後の【韓国内教会事情】を知らないと、なぜ、こういう映画が作られたのか、その意図を掴むのは多分無理だろう。でも、【韓国内教会事情】っていうのが、実は日本人にとって難物で、単なる利権を巡る内紛にしか見えなかったりする」

サカモト
「韓国ではなくても、宗教組織内部の対立と分裂は、部外者には何がなんだか分かりませんからね」

サイゴウ
「劇中、説教しているシーンが沢山出てくるけど、これもさっぱり。まあ、日本で日本語の説教を聞いても、聖書に日頃から親しんでいないと何を言いたいのか、分からないのは同じだけどね。ただ、この映画を観た後に、韓国系キリスト教世俗化、利権組織化、巨大権力化の問題をドギツく揶揄して追求したドキュメンタリー映画『쿼바디스(QUO VADIS)』を観て、ちょっとだけ、何が韓国で問題なのか、分かったけどな。玉漢欽という人は、韓国系キリスト教界のトップにいながら、【教会の世俗化】を露骨に強く非難していた人物なんだよね」

サカモト
「映画の冒頭、彼の説教というか、演説音声が延々と流されますが、まるで政治家のプロパガンダ演説みたいでした」

サイゴウ
「そう。劇中出てくる玉漢欽という人は宗教人というよりも、どこかの政党のカリスマ代表そのもの。凄みがあって、色々な人から今も慕われているのが何となくわかる気がした」

サカモト
「同じ韓国のキリスト教関係者を代表する、ローマ・カトリック枢機卿だった金寿煥と対照的なキャラクターかもしれません」

サイゴウ
「でも、二人が対照的に見えても、強力な個性の持ち主であることは共通しているんじゃないかな?だから、【日本みたいに没個性を美徳とする社会では強力なリーダーは生まれにくいんだろうな】なんて考えてしまった」

サカモト
「強力なリーダーという存在も、両刃の剣、毒と薬の表裏一体だとは思いますけどね。逆に、韓国では何事もカリスマや英雄を求める気風がありますから、それ故、こういった強い宗教的指導者が出現するのかもしれませんね」

サイゴウ
「この作品もまた、基本的に信者や研究者じゃないと、いつもの【韓国式特定宗教啓蒙映画】に過ぎないとは思うけど、それって、一般の日本人にとっては最もツボにハマりにくい要素でもあるから、反面教師的に日本と韓国の差異を感じさせる作品だったとは思うよ」

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『ダイビング・ベル』(2014)★ [韓国映画]

原題
다이빙벨
(2014)
(韓国一般公開 2014年10月23日)

英語題名
『The Truth Shall Not Sink with Sewol』

日本語訳題名
『ダイビング・ベル』(※)
(※)スキューバ機器を使わない、釣り鐘型の潜水装置。
通称【潜水鐘】。

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(STORY)

2014年4月16日に起こった「セウォル号沈没事件」。 船体が完全に沈むまで時間があったにも関わらず、まともな救出活動が行われなかったことから、300人近い犠牲者を出してしまう。

そして、事故当初に発表された行政側の華々しい救助活動とは全く異なる、悲惨な事実が次々とマスコミに暴かれて行った。

現場海域では長時間の海中作業が困難なことから、民間サルベージ会社による潜水機器「ダイビング・ベル」を投入した作戦が行われることになるが、次々と持ち上がる不可解な理由で、その作業は進まない。

刻々と時間ばかりが経過する中、現場周辺を疾走する放送記者イ・サンホと番組クルーたち、そしてサルベージ会社社長らが遭遇したものとは?!

サイゴウ
「さて、例の【セウォル号沈没事故もしくは事件】を描いた作品として、真っ先に登場し、韓国内上映については、お上から露骨な圧力をかけられ、更にそれを一部世論が取り上げて大騒ぎという、【話題性】という点では【話題】になった作品なんだけど、ホントは紹介することは気が引ける作品なんだよね」

サカモト
「日本でも、それなりに関心を集めそうな内容ではありますが。日本では某キー局でかなり力を注いで、【セウォル号沈没】の特番作っていた位ですから…」

サイゴウ
「いや、それも気が進まない理由の一つなんだよ。某テレビ局の番組は良く出来ていて、あれがどこまで真実かは別にしても、今回の『ダイビング・ベル』なんかより、客観的かつ具体的だった印象すらあったからなんだ」

サカモト
「でも、『ダイビング・ベル』は、韓国ならではの、落ち着かないライブ感覚と生々しい緊迫感があったと思いますよ」

サイゴウ
「でも、結局は情報量。特に韓国側の民衆が知りたいと思っているような事柄については、日本の番組の方が上手にまとめていて、みんな、こっちみたいな内容の方を求めていたんじゃないかな?今回の映画で使っている素材自体は現地でないと入手できないものだけど、混乱と罵声、イ・サンホの煽りパフォーマンスばかりで、最後は【え?それで??ポカーン】。サルベージを担当する会社社長に密着、ダイビング・ベル投入まで散々揉める様子だとか、海中のダイビング・ベル内部だとか、沈没したセウォル号の船内だとか、見所といえば見所なんだけど、結果的に何もないスカスカ感ばかりが漂う。上映尺が77分しかないもの怪しいし…如何に作り手がフライングして作っちゃったかを露呈しているようなもんだよ。内容のショボさに反比例して、オープニングやエンディングばかりが、やけに大げさで洗練されているのも不自然だ」

サカモト
「韓国内でも【TVやネットの動画寄せ集め】、みたいな批判はありますね」

サイゴウ
「言っちゃ悪いけど、似たような画像を買い取って編集すれば、どこでも似たような内容で作れるんじゃないの?って感じなんだよね。日本のTV局がそれをやらなかったのは、高い金出してまで、わざわざ他人の動画を購入する価値は無いと分かっていたからじゃないかな?」

サカモト
「確かに、『ダイビング・ベル』で使われている素材を日本の会社が【売って下さい!】ってコンタクトしたら、韓国側は尊大な態度でべらぼうな価格をふっかけて来そうですね」

サイゴウ
「だから、日本では外部資料を自力で集めるだけ集めて、再構築した方がいい、という判断があっても不思議じゃない。実際、日本で作った番組はビックリするくらい凝っていた。だから、【なんで日本の某TV局がこういうものを作って放送するんだ??おかしいだろ?】みたいな疑問も観ていて感じたけどな。まるで、【嫌韓】以降の新手【韓流ステマ】みたいだ」

サカモト
「逆説的な【韓流リブート】の下地作りにも見えましたからね」

サイゴウ
「特番を流した某TV局は、今じゃ、韓国がらみで、世間の大きな批判を受けているので、それを回避するために、ああいう番組を作ったと言われても仕方ないしな」

サカモト
「今回の『ダイビング・ベル』を観ていて、とにかく不愉快で疑問に感じたのは、作品中でMCやっていた、【GOパルニュース】のイ・サンホ(※)が演じる過剰なパフォーマンスです。タレントとして優れている人だと思いますし、報道を巡る日本と韓国の差異が垣間見えるので、面白くはあるんですけど、とにかくカメラの前にシャシャり出て来て、周囲を煽るような言動ばっかりやっているようにしか見えません」
(※)『ダイビング・ベル』の共同監督も務めているため、彼の【俺様ショー】と指摘されて仕方ない点もある。

サイゴウ
「そして、遺族側が彼らマスコミ煽られて、調子に乗っちゃっている風にも見えちゃうよな。逆に予想と違っていたのは、海上警察とか、司法の上層部の対応が結構冷静で、意外とまともに見えたことだ。彼らの回答ぶりだとか、現場での態度は、いろんなところで吊るし上げ喰らっているけど、この『ダイビング・ベル』で描いた範疇内では、むしろ、官僚としては当然の対応をしているだけなんじゃないのか?と思ったくらい。重大な責任を問われた公務員は、どこでも最初はあんなモンだろう?」

サカモト
「一部、セウォル号遺族の増長ぶりが韓国で批判されていましたけど、その裏側には、こういう韓国内マスコミの煽りもあったんじゃないのか?と指摘されても仕方ないかもしれませんね。結果、行政側の対応が、更に後手へと陥る悪循環」

サイゴウ
「韓国人が唱える【デモクラシー】って、日本のそれとは同じではないと思うので、オレたちがそれを批判しても意味無いし、そこに問題があるのなら、気づいて修正するのは、やっぱり韓国人の責任だろう。事故の対応不始末について、韓国行政の肩を持つ気はサラサラないけれど、なんでもイケイケどんどん、肝心な事は後回し、大事件が起こればなんでも政府や大統領、外国のせいにして大騒ぎ、でも、五年も経てばみんな忘れているみたいな韓国の風潮には、やっぱり文句ばかり並べている内輪側の責任があることを、もっと自覚すべきだとは思うんだけどな」

サカモト
「結局は、自発的に具体的なムーブメントを起こさないと何も変わらないということですね。ワーワー騒ぐだけではなくて…」

サイゴウ
「ただ、こういう韓国社会のよろしくない風潮は、日本でも全くありえないということではない。大災害や大事件が起こるたびに、日本でも行政や政治家の不備が叩かれるけど、それと本質的には同じようなものだ。日本人がセウォル号のような問題を吊るし上げて韓国や韓国人を馬鹿にすることは簡単だし、今の日本の風潮じゃ、愉快で楽しいことかもしれない。だけど、そんな自分たちの問題を自覚して、なんとかしたいと願っている普通の人達が、韓国にも大勢いることを忘れちゃいけないと思う」

サカモト
「かといって、日本人も言うべきことは言うべきだとは思いますけどね。そうじゃないと、韓国社会に巣食っている【負の勢力】が、そのまま後世に劣化・過激化して引き継がれて、結果、はたまた日本へのカウンターアタックに使われる訳ですから…」

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『私の愛、私の新婦』(2014)★★ [韓国映画]

原題
나의 사랑 나의 신부
(2014)
★★

(韓国一般公開 2014年10月08日)

英語題名
『My Love, My Bride』

日本語訳題名
『私の愛、私の新婦』

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(STORY)

かつて詩人になることを目指した公務員のヨンミン(=チョ・ジョンソク)と、イラストを書きながら美術予備校で教えているミヨン(=シン・ミナ)は、冗談のような勘違いから付き合い始め、交際四年を経て結婚した熱々の新婚だ。

いつでもどこでも下着を脱いでさかってしまう二人の姿は、周りから見ても幸福そのものに見えたが、タルス(=ペ・ジョンウ)ら昔からの友達たちや、仕事を新婦よりも優先してしまうヨンミンに対して、ミヨンの不満が段々と積り始める。

ミヨンは再会したかつての彼氏、チェ・ソンウ(=ユ・ハジュン)に心惹かれてしまい、ヨンミンは昔好きだったスンヒ(=ユン・ジョンヒ)の積極的なアプローチに揺らいでしまう。

ある日、生活保護を受けているパン・ヘイル(=チョン・ムソン)という老人を仕事で訪れたヨンミンは、彼が憧れの著名な詩人であることを知り驚くが、その指導を受けて、文学賞を目指すようになる。

やがて、夫への不満が爆発したミヨンは実家に戻ってしまい、ヨンミンの独り、詩作に励む毎日が始まるが…

サイゴウ
「よくある子供向けのベタなラブストーリーかと思いきや、どこかに姿を消しちゃったかのように見えたイム・チャンサン監督、約十年ぶりの新作だったりする。しかも、大元が1990年に公開されたイ・ミョンセ監督第二作のリメイクなので、映画の出来栄えとは別の意味で興味深い作品だ」

サカモト
「イム・チャンサン監督と言えば、2004年の名作『大統領の理髪師(효자동 이발사)』が有名ですが、その後、とんと動向を聞かなかった人ですね」

サイゴウ
「『大統領の理髪師』公開当時、少し話す機会があったので、次回作について尋ねたら【時代劇】って答えが返って来た記憶があるんだけど、まさかそれから十年後にイ・ミョンセ作品のリメイクで帰ってくるとは…韓国映画界の動向って、ホント、ワケがわからない」

サカモト
「その【時代劇】については、単に投資者が見つからなかっただけだと思いますけどね。よくある話です」

サイゴウ
「今回のリメイク版は、結構な館数で公開されて、観客動員数も200万人超えたんだけど、ブロックバスターというよりもインディーズに近いテイストの作品だ。大手が配給に絡んでおらず、新参の企業が配給していることもあるんだけど、いわば準メジャーとも言える新しい形態かもしれない。映画自体もキャストはそれなりだけど、あんまりお金が掛かっているように見えないし…」

サカモト
「【ブロックバスターとインディーズの折衷】というモデルから、ちょっと先に進んだ形かもしれません。リスクを回避しながらも、見た目は【なんちゃってブロックバスター】という…」

サイゴウ
「ヒロインである新妻ミヨン演じているシン・ミナも、事務所変わってからは、アイドル女優からこういう【折衷系映画】のアイコンみたいになっちゃった」

サカモト
「でも、彼女も三十越えです。一昔前なら韓国芸能界にポシャられちゃう年齢ですけど、自らメジャーに背を向けたお陰で、女優としていい方向に転換しつつあるのでは?」

サイゴウ
「新夫ヨンミンは、ここ最近やたらと売れ始めているチョ・ジョンシクなんだけど、ちょっと微妙かな。故に今回の『私の愛、私の新婦』には【なんちゃってブロックバスター】の匂いが余計漂っている」

サカモト
「今回の作品に、今の韓国映画にはない違和感があるもう一つの理由は、やっぱりイム・チャンサン監督の持っている【色】にもあったのではないでしょうか。彼もまた、『シュリ』以降に始まった韓国映画中興期に登場した386世代監督のルーキーであり、今の30代から40代に掛かるくらいの映画監督にはない、独特の【匂い】を持っています。原型になっているイ・ミョンセ版がすでに古いこともあるでしょうけど、今風に見えても、どこか古風でオーソドックスな映画と言えるのではないでしょうか?」

サイゴウ
「各エピソードのアヴァンタイトルというか、繋ぎのシーンこそ、CGIビシバシなんだけど、話自体はエログロを極力排して、登場人物たちの心境をかなり丁寧に描いているし、よくあるネット動画やゲーム映像、MTV見過ぎ系の若手クリエイターが陥るような過剰なテクも使っていない。その分、泥臭くて古臭い気もするけど、軽薄な見た目とは違って、大人の観客にも受け入れられる映画になっていた。もっとも、イム・チャンサン監督の作家性みたいなものは全然感じなかったけどな」

サカモト
「おそらくですが、彼の商業デビュー作『私にも妻がいればいいのに(나도 아내가 있었으면 좋겠다)』(※)に近いのではないかと想像しているのですけど…」
(※)2000年に公開された、ソル・ギョング&チョン・ドヨン主演の作品。実はトウゴウもサカモトも観ていなかったりする。

サイゴウ
「映画全体に1990年代の匂いがするもんな。描いている時代は2000年以降の韓国なんだけど、時間が停まっている感じがした。でも、それだからこそ、地味だけど独特の風合いが出ていたんじゃないのかな?韓国映画に興味のない人には、韓国のTVドラマみたいにしか観えないかもしれないが、今はちょっと失われつつある韓国映画のテイストがそこかしこにあるんだよな」

サカモト
「1990年代の韓国の空気を知っている人にとっては、何か既視感があるかもしれませんね」

サイゴウ
「…とまあ、一見軽薄に見えても、何気でマニアックな異色作なんだけど、そういうオタク的視点を外してしまえば、実はどこにでもある凡作に過ぎなかったりする」

サカモト
「そこまで酷いとは思いませんでしたけど、秀作、佳作には今三歩ですか。根っ子が健全で人間の善良さを訴えている良作だったとは思うのですけど、チープさがどうしても免れず、それがちょっと残念です」

サイゴウ
「イム・チャンサン監督の登板は、おそらくイ・ミョンセ版と現代版の折衷、バランスを考えた上での事だったんじゃないかと思うし、その狙いは決して外れていないんだけど、どうも映画に元気が無いんだよね。キャストは手堅いし、真面目に演じていたとは思うんだけど、演出的に安全牌狙いといった感じで、安定しているけど発見や驚きがなかった。人によってはリメイクしたことに疑問を呈す人がいてもおかしくはない」

サカモト
「若者狙いで作ってはいるけど、【おっさんセンスがバレちゃった】、みたいなところがありましたね。古いということではないのですけど、韓国の二十代辺りが見ると、違和感があっても不思議ではないと思います」

サイゴウ
「まあ、それは欠点ではないけどね。これはあくまでも好みの問題かもしれないが、新婚生活がひとつのテーマだったとすれば、もっとエロスがあってもよかったと思う。もちろん、劇中、新婚のヨンミンとミヨンがすぐに発情してしまい、ところかまわず、まぐわっているシーンはあるんだけど、生臭さがなくて、それ故、二人の愛情は騒いでいる割に形式的で嘘臭く感じられもした。多分、シン・ミナやチョ・ジョンソク的には、あれがギリギリの線だったんだろうけど…そこら辺がちょっと残念」

サカモト
「セックスシーン出せば良い訳ではないのですが、韓国のメジャー俳優は、いつもそこら辺が弱いですよね。必然性があれば脱いでも決してマイナスではないのですけど」

サイゴウ
「シン・ミナがマジで脱いでいたら、観客動員数300万人くらいは行ったんじゃないか??まだ、彼女にはそれだけの力はあると思うよ」

サカモト
「結局、イ・ミョンセ版未見のまま行ったので、リメイクの意図はよく分からないのですけど、とりあえず、イム・チャンサン監督の復活だけは率直に喜びたいですね」

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『18:私たちの成長ノワール』(2013)★★ [韓国映画]

原題
『18 : 우리들의 성장 느와르』
(2013)
★★
(韓国一般公開 2014年8月14日)

英語題名
『18 - Eighteen Noir』

日本語訳題名
『18:私たちの成長ノワール』

勝手に題名を付けてみました
『新・マルチュク青春通り 映画少年死闘編』

18.jpg

(STORY)

高校生トンド(=イ・ジェウン)は、母親(=サ・ヒョンジン)と二人暮らし、学校では存在感のない生徒だ。
ただ、大変な映画好きで、学校から帰ると部屋に篭もり、映画のVTRばかり観ているので、母親はそれをちょっぴり心配している。

トンドのクラスメートにヒョンスン(=チャ・ヨプ)という孤高の不良がいた。
強烈な威圧感で番を張り、授業をサボって喫茶店通いを繰り返していたが、根は真面目で仁義に厚く、決して弱いものに手を上げず、そのカリスマ性から周りに一目置かれている生徒だった。

ある日、トンドは隠れ喫煙が縁でヒョンスンと知り合い、やがて彼一派の仲間として受け入れられるようになる。
喫茶店の一角を占拠してダベるメンバーはいつも同じで、不良と言っても穏健だった。

だが、仲間の一人、短気で喧嘩っ早いトンチョル(=イ・イクチュン)だけは別だ。
彼はメンバーの一人である美少女ヨンヒ(=ソ・ジュア)と付き合っていたが、最近別れたことをきっかけに荒れ、グループ内ではギスギスした空気が流れ始める。 やがて、トンチョルはグループを抜けて、ヒョンスンと対立する別グループに接近するようになる。

トンドの生活態度が悪化していることを心配した母親は息子を問い詰めるが、そこにかつてのような母子の会話は無くなっていた。
そして、ヒョンスンとトンチョルの対立が激化したことから、遂にトンドは悪意に満ちた暴力の洗礼を受けることになる。

1990年代の韓国を舞台に描く、青春暗黒模様。


サイゴウ
「この作品、かつての名子役イ・ジェウン久々の映画復帰作ということで、映画祭なんかではチケット入手困難に陥ったらしい。それって、イ・ジェウンの固定ファンが多かった証ではあるけれど、限定されたイベント上映ではよく起こりうる現象であって、ご贔屓筋的な立場から全く離れて観た場合、果たして、この『18:私たちの成長ノワール』が純粋に良い作品かどうかは全く別の話」

サカモト
「でも、韓国で生まれ育った一定世代の人たちなら、共感できる物が中心に描かれていますから決して、悪い映画ではないと思います。日本だったら1980年代くらいの高校生活を描いた話、って感じですよ」

サイゴウ
「オレも格段この映画がひどいとは思っていない。だけど、インディーズが陥りやすい【スカスカ感】に【ダレダレ感】がいっぱいの映画だったから、観ていて物凄く疲れたし、【また、この手の青春時代回顧話?】って感じでウンザリしちゃった。韓国だから仕方ないけど、もっと前向きな話を撮って欲しいよ。それだけ、今の韓国社会は閉塞感に溢れている、ってことかもしれないが個人の思い出を押し売りされているみたいで全くノレなかった。イ・ジェウンは確かに他とは違うオーラを持った、いい若手俳優だけど、やっぱり彼一人の魅力だけじゃ、映画は良くならないってことを証明している」

サカモト
「監督のハン・ユンソンは1983年生まれ、製作畑を歩んできた人のようで、本格的な長編デビューは今回が初めてのようですが、確かに映画で描かれた風景は、彼の高校生ぐらいの時期に当てはまります。当人に聞いてみないとわかりませんが、自叙伝的な色合いが濃いのはあながち見当外れではないでしょう」

サイゴウ
「この手の映画として最も有名、かつ【類似企画の通り】をよくする契機になったのは、おそらくクァク・キョンテクの『友へ チング(친구)』だとは思うんだけど、おそらく嚆矢ではないはずだ。過去の韓国映画をひっくり返して見れば、学ラン着た不良の暴れる話が幾つもあるはず。そう考えれば、今回の『18:私たちの成長ノワール』も一種伝統に沿った作品かもしれないし、人間ドラマとしてもヒネリは効いているから正統派なんだろうけど、じゃあ、イ・ジェウンを抜いたら何が残るかと言えば、何も残らなかったりする」

サカモト
「観ていて気になったのは、主人公たちの親や教師の姿がきちんと描かれていないことですね。イ・ジェウン演じるトンドは母子家庭で、お母さんが始終息子を気にかけている様子は挿入されていますが、お約束を超えていません。母親を演じたサ・ヒョンジンという女優さんは、明るくて軽やかなイメージがあって好演だったと思うので、もっと出番があってもよかったと思いますし、半端な不良の話をグタグダ、ダラダラやりよりも、息子と母親の話に集約した方が、いい映画になった可能性はあります」

サイゴウ
「やっぱり、オレとしては【半端な不良の話をグタグダ、ダラダラ】っていうのが、この映画の一番の失敗だったと思う。あの様子って、たぶん多くの共感を得る部分ではあるんだけど、そこにウェイトを置いてしまったので話が停滞しているし、赤の他人からすれば、【だから、それで?】にしか過ぎない。副題は『~成長ノワール』だけど、実際は『~成長が停滞しているノワール』だよ。それと、イ・ジェウン主演が大きなセールス・ポイントのはずなんだけど、彼の出番が妙に少なく感じた。どういうワケか、異常に存在感が無いし、他の連中のエピソードがことのほか長かったりする」

サカモト
「あえて『~ノワール』という言葉をタイトルに持ってきているので、イ・ハの『マルチュク青春通り(말죽거리 잔혹사)』並みの酷い青春譚が描かれるかと言えば、全然そういうこともありませんでしたね。確かに、大人しいトンドが悪意に満ちた暴力の洗礼を受けるくだりはリアルかもしれませんけど、多くの観客の期待するものとは違っていたと思います」

サイゴウ
「監督としては低予算のインディーズゆえ、無用な外野からの声をあえて無視して、嘘のない青春残酷物語を撮りたかったんだとは思う。だけど、こういうズレたリアリティ重視の映画を観て思うのは、やっぱり映画には大なり小なり、嘘と誇張がないとダメ、ってことかな。大人しいトンドは、学校で一目置かれた不良だけど、人間が出来ているヒョンスンと友達になったことから、今まで縁のなかった不良の世界に入ってしまう訳だけど、そこら辺がえらくユルい」

サカモト
「不良といっても、大したことはありませんし…」

サイゴウ
「ヒエラルキーを巡るひどい闘争に悪意に満ちた対立の連続ではあるけど、『マルチュク青春通り』や『豚の王(돼지의 왕)』で描かれたものに比べれば、まだまだ可愛いものだ。でも、こういう映画を観るたびに、本当、韓国のリアル中・高校生は可哀想だな、って、つくづく思っちゃうよ」

サカモト
「進学校に行けば行ったで、また別の軋轢と闘争がある訳ですから…」

サイゴウ
「今の韓国映画界って、お金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃん、しかも高学歴で学生時代は成績優秀だった連中が掃いて捨てるほど沢山いるワケだから、今度はそういった学生たちの暗黒面を描いてもいいんじゃないだろうか?高校生がダメなら、新村や弘益大前辺りをうろつく恵まれた大学生たちを主人公にした青春残酷物語を作ってもいいと思うんだけどな」

サカモト
「でも、韓国の名門大学を出て留学して、アメリカ英語に堪能でも、国で待っている人生は悲惨、みたいな映画を作ったら、大手企業内で学閥形成しているお偉いOB連中から猛反発喰らいそうな気もしますけどね。【もう、投資してやらないぞ】みたいな…」

サイゴウ
「でも、インディーズなら、それもまた、いい宣伝になると思うよ」


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『技術者たち』(2014)★★ [韓国映画]

原題
『기술자들』
(2014)
★★
(韓国一般公開 2014年12月24日)

英語題名
『Criminal Designer』

日本公開時題名
『技術者たち』
(日本一般公開日 2015年11月28日)

勝手に題名を付けてみました
『我ら高等技術窃盗団』

GI.jpg

(STORY)

知力と度胸、そして技術。

それらをパーフェクトに備えたジヒョク(=キム・ウビン)率いる「技術者たち」。
彼らは窃盗&偽造&詐欺を行う、質の悪い犯罪集団だ。

ジヒョクを支えるのは、機械工作から電子機器まで工作万能の中年おやじ、クイン(=コ・チャンソク)と、情緒不安定の天才クラッカー、チョンベ(=イ・ヒョヌ)だ。
郊外に豪勢なアジトを構え、偽札だろうが偽工芸品だろうが、必要なものは全て自前で揃えてしまう。

証拠を残さず、犯罪をパーフェクトに果たすジヒョクたちの仕事ぶりを、偶然、武闘派ヤクザの大ボス、チョ社長(=キム・ヨンチョル)が目をつける。

その目的は、インチョンで押収され、厳重保管されているW1500億の裏金を奪還することだった。
だが、実行可能時間はたった40分しかない。

チョ社長は次々と候補者を拉致してはセキュリティ破りのテストを行うが、誰一人として成功せず、殺された不合格者の死体が増えるばかり。
業を煮やし、腹心の部下で冷酷無比な戦闘マシーン、イ室長(=イム・ジュハン)に、ジヒョクたちの正体を洗うよう命じる。

イ室長は情緒不安定なチョンべを懐柔して裏切らせ、ジヒョクと親しいウナ(=チョ・ユニ)を人質にとり、ジヒョクのアジトを急襲、彼らにアングラマネー奪還を強要する。

しぶしぶ要求を飲むジヒョクだったが、奪取作戦が成功しても、チョ社長らがジヒョクたちを生かしておく気が無いことは明白だ。

一計を案じたジヒョクとグインは、チョ社長らに大逆転のトリックを密かに仕掛ける。

最後に笑うのはヤクザか、「技術者たち」か!?

サイゴウ
「最近の韓国映画って、【ピカレスク+ミステリー】を組み合わせた作品が一ジャンルとしてすっかり定着しちゃった感がある。ブロックバスターの指標である【WELL MADE】【スター勢揃い】【派手なシーン】という要素をクリアするためには理想のジャンルかもしれないけど、【お話のためのお話】でシナリオが展開するので、観ていて全然すっきりしない。この『技術者たち』もそう。作る側も大変だろうけど、観る側も疲れる。この映画も、終わりでトリックの説明を延々としているんだけど、それって、本筋から完全に外れているよ」

サカモト
「そして、【どうだ、オレたちかっこいいだろ~】を、観る側に一方的に押し付けているみたいです。まるで大手企業が絡んだ日本の某映画や某TVドラマみたいでウンザリですけど、今の韓国、大消費社会と化していますから、そういう企画ではないと資金が集まらないのでしょう。この手の韓国映画につきものの、田舎臭くさ・泥臭さも相変わらずなのですが…昔よりは垢抜けていますけどね」

サイゴウ
「この手のジャンルの嚆矢になった『オールド・ボーイ(올드 보이)』だとか、『タチャ(타짜)』(※)辺りが尊敬できるのは、アウトサイダーたちの後ろめたさだとか、反社会的な部分をきちんと押さえて作っていることにある。そして、それらが【田舎臭くさ・泥臭さ】が納得できる世界観を支えていたんだけど、この『技術者たち』や『タチャ 神の手』なんて、そこら辺を相当勘違いしているよな。頭の悪いヤンキーがいきがって自己陶酔した姿をネットに動画投稿しているようなもんだ」
(※)もちろん、2006年の第一作であることはいうまでもない。

サカモト
「『タチャ 神の手』(※)や『技術者たち』も、相当ヤンキー臭いですよね」
(※)2014年に公開された第二作目のこと。

サイゴウ
「今回の『技術者たち』も、あえてみっともなく格好悪く作っていれば、そこそこに面白くなっていたんじゃないだろうか?主演のキム・ウビンはそれがこなせる俳優だと思うんだけどな。彼は格好つけないキャラのほうが【カッコいい】よ」

サカモト
「逆に、コ・チャンソクにはパリっとしたキャラやらせてみたかったですね。ルックスの問題はあるのでしょうけど、そろそろ、こういうつまらないパターンから外れた役をブロックバスター作品でやってもいい頃なのではないでしょうか?それが出来る実力の持ち主ですし…」

サイゴウ
「最後にやっつけられちゃう巨悪がキム・ヨンチョルっていうのも、つまんない。彼は幅の広い役がこなせる俳優なんだから、たまには渋い正義の役で活躍させてもいいんじゃないの?韓国映画って、【こういう役はこの人】みたいなガチガチの枠が決まっていて、それが外国人から低く観られる原因にもなっていると思うんだけど、せっかく人材は揃っているワケだから、活用しないともったいないよ」

サカモト
「イ・ヒョヌ演じる未成年のチョンべは、韓国の青少年問題の象徴みたいなキャラなので、それがヒーローたちに加わっている事自体は面白いと思うのですけど、【未成年のクラッカー=情緒障害=すぐ暴力をふるう】という、つまらないパターンに陥った役でもあるので、安易です」

サイゴウ
「【すぐキレる】というのが、一応、最後のどんでん返しで重要な役割を果たしてはいるけどな。でも、チョンベのキャラは一番「イラナイ」感があったのも事実。今の韓国映画で【無礼な未成年凄腕クラッカー】なんて、もう古いと思うんだけどな」

サカモト
「それをやらないと、この映画を間違って観に来た年長者には【最近の不良少年】のイメージが湧かないということはあるのかもしれません」

サイゴウ
「というか、こうした【ピカレスクもの】で、これみよがしにクラッカーが活躍するのはもう飽きたよ。そこら辺、日本のルパン三世は偉い」

サカモト
「無駄に凝ったシナリオ、ワンパターンでうんざりな展開、つまらないキャスティングに、これみよがしの似非トレンディな世界観と、韓国のブロックバスター映画としては安心して興行できるモデルに忠実ではあるのですが、何も残らない作品でしたね」

サイゴウ
「でも、ここまで割り切っていると、逆に日本では好評価されちゃったりするんだよな。コアな映画ファンにはお金と時間の無駄だけど、今でも【韓流】を追っているファンには分かりやすいという意味で、いい映画かも」

サカモト
「そもそも、コアな映画ファンなんて、ブロックバスター興行の宿敵みたいなものですからね」

サイゴウ
「こういう作品は【韓国映画ならでは】だと思うので、否定はしないし、今後も作り続けては欲しいと思うけど、あんまり露骨に流行りを追って、若い観客層に媚びて欲しくない。そこら辺の商品主義的な企みを見抜いて突き放しちゃうのも、マーケティングのターゲットにされている若者たちなんだから…」

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『その人、枢機卿』(2013)★★ [韓国映画]

原題
『그 사람 추기경』
(2013)
★★
(韓国一般公開 2014年8月6日公開)

日本語訳題名
『その人、枢機卿』

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(STORY)

韓国人初のローマ・カトリック枢機卿であり、韓国内カトリック信者から親しみを持って敬われた金寿煥(김수환)が、2009年2月の厳冬期に、この世を去って早五年。

その辿った軌跡を、数々の未公開映像と、彼を知る人々のインタビューを交えて描くドキュメンタリー。

サイゴウ
「【韓国】という事象を日本人が考える時、大きなボトルネックになるのが、彼の国の宗教事情だ。それはもちろん【韓国のみならず】ではあるんだけど、韓国におけるキリスト教の位置付けや影響、そしてカトリックとプロテスタントでは何がどう違うのか、正直言って把握は難しい。ここ十年、韓流ブームの影響で巷には【自称韓国通】の日本人が爆発的に増えたけど、その中で韓国社会を宗教的視点で語っている人はほんの一握り。日本の宗教事情を考えれば当然ではあるんだけど、【韓国におけるカトリックの存在】を皮膚感覚で理解していないと、『その人、枢機卿』のような作品は観ていてシンドい。第一に彼の何がそんなに偉いのか、理解出来なかったりする」

サカモト
「【枢機卿】なんて言われても日本では【ヨーロッパの偉い人】というイメージがせいぜいでしょうし、【どうして韓国に枢機卿がいるんだ?韓国は儒教の国だろ?】なんていう人が日本にいても全く不思議ではありませんからね」

サイゴウ
「オレもその一人だな。だから、未公開映像が多数使われていると言われても、その価値がよく分からなかった」

サカモト
「ただ、それって、韓国の一般人でもあまり変わりないと思いますよ。もちろん、金寿煥枢機卿の認知度や影響力、敬意は日本と比べ物にならないでしょうけど、キリスト教、特にカトリックの熱心な信者ではない限り、やっぱり基本的には無関心だと思います」

サイゴウ
「日本のサイトでも【きんじゅんかん】で検索すると結構ヒットするから、関係者の間では著名人なんだろうけど、やっぱり普通の日本人にとっては【どこの誰やら知らない人】だよな。だから、今回の作品にしても、2011年に公開された『バカ(바보야)』(※)にしても、映画で当人をいくら祀り上げても全くピンと来ない」
(※)『바보야』…2011年に韓国で公開された、金寿煥枢機卿を描いたドキュメンタリー作品。アン・ソンギがナレーションを担当。


サカモト
「というか、両作品とも【金寿煥枢機卿を知っていて当然、常識である】という前提で作られているとも言えますからね。そもそも、カトリック信者以外の日本人が観ることは全く想定していないでしょう」

サイゴウ
「韓国側が日本の宗教事情を知って作っているワケもないしな」

サカモト
「今回の作品は、『バカ』に比べると、金寿煥枢機卿自身をよく追っている内容になっていたと思います。死後五年経って、やはり初めて公開できる映像も多かったのではないでしょうか?」

サイゴウ
「年代順に金寿煥枢機卿の経歴をかなり細かく描いている。当時を知る人たちのインタビューが多く含まれているんだけど、その取材も結構大変だったと思う。ただ、あんまり枢機卿の人間臭いブラックな面が見えてこなかったので、観る人によっては【所詮、プロパガンダさ】という印象だろうな」

サカモト
「公開されている映像を見た限り、金寿煥枢機卿という人は【バカ】を演じつつも、思ったことを率直に顔に出す性格だったと思うので、あまり表裏はないというイメージがあります。今回、若い頃や無名時代の写真が沢山紹介されますが、意外とその表情が厳しかったり、インタビュー映像では、ふと陰を見せたりと、よく観ていれば【一個人としての金寿煥像】をそれなりに描いていたのではないでしょうか」

サイゴウ
「でも、インタビューでは皆、氏の人柄の良さを褒め称えるばかりだったので、そこに怪しさを感じる人は韓国でもいるんじゃないか?若い連中なんて特にそうだろう」

サカモト
「個人を告発することが目的の作品ではありませんから、それは仕方ないでしょう。第一、キリスト教嫌いの韓国の若者は、こういう映画を絶対観に行きませんよ」

サイゴウ
「今回もちょっと残念だったのは、やっぱり日本留学時代について触れていないことだ。そこら辺は『バカ』の方が、まだ、それなりに描いている」

サカモト
「作品の性格上、それはやっぱり無理に近いと思いますよ。当時の彼をよく知る日本人は既にこの世にいない可能性が高いですし、そういったリサーチはえてして韓国側の得意とするものではありませんし、やればやったで叩かれるでしょうし…ただ、日本時代について突っ込んだインタビューが残せれば、日本人にとってあh、それなりに価値が出ていたとは思いますけど」

サイゴウ
「『バカ』と扱っているテーマが重複しているから、どうしても比較せざるをえないんだけど、日本人としては先に『バカ』を観てから、この『その人、枢機卿』を観ることを薦めたい。『バカ』の方は金寿煥枢機卿自身を描くことについてはツッコミ不足なんだけど、韓国現代史概論として分かりやすい作品だったし、韓国社会とキリスト教の密接な繋がりがそれなりに分かる作品だったからだ。まあ、両作品とも字幕を付けて日本で一般公開なんてありえないとは思うけど、教材としてはそれなりに価値があるんじゃないかな?」

サカモト
「日本人としては【日本における現代カトリック事情】みたいな作品を製作して、韓国と比較すると面白いかもしれませんね」

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『スットグ』(2012)★ [韓国映画]

原題
『숫호구』(※)
(※)「숫」=「純な」、「호구」=「愚鈍で要領の悪い奴」
(2012)
(韓国一般公開 2014年8月7日)

英語題名
『Super Virgin』

日本語訳題名
『純情ダメ男』

勝手に題名を付けてみました
『破廉恥アバタープロジェクト』

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(STORY)

ウォンジュン(=ペク・スンギ)は純朴な性格の善人だが、恋にも仕事にもお金にも縁遠く、劣等感と絶望の毎日を送っていた。
仕事を探しても見つからず、周りの女性は彼を全く相手にしない。

そんなある日、近所のカフェ兼古本屋で働くチナ(=パク・チナ)に一目惚れ、思い切って店に入る。
チナは決してウォンジュンを邪険に扱わなかったが、彼にとって、それ以上彼女に近づくすべはなかった。

同じ頃、古ぼけたビルの一角で、貧しい博士(=チョ・ハンチョル)とセクシーな助手ジュジュ(=シン・エジュ)が、人間と見分けがつかないアンドロイドに生きている人の意識を乗せて、アバターとして動かす研究を行っていた。
だが、あまりにもお金がないので、博士の妻は空腹で気が狂いかけている有様。

自分の研究成果を証明すべく、博士はウォンジュを騙して人体実験に使うが、見事大成功してしまう。
女性の匂いを遠くから嗅ぎつけ、話しかければすぐベッドインという、理想のアバターを手に入れたウォンジュは早速、チナに接近する。

ほどなく、二人は相思相愛に陥るが、生真面目なウォンジュはニセの自分がチナを騙しているという事実に呵責を覚え、苦しみ始める。

やがて、元の自分に戻るか、アバターの姿で生きるか、究極の決断を迫られることになるが。


サイゴウ
「のっけから目立つポスターなので、街でこれを見かけて【なんじゃ、これは!?】って、思わずスマホ撮りした人も意外と多かったと思うんだけど、まあ、それだけの作品かな」

サカモト
「【ポスターだけが秀逸】という具体例かもしれませんね。ちなみに、オカマやゲイをテーマにした内容かと思っていたのですけど、全然違いました」

サイゴウ
「三十過ぎて無職の童貞男が惚れた女に身を焦がす話だから、割りとオーソドックスなネタ。一応、設定はSF風になっているけど、あくまでも【SF風】。これを【韓国SFの現在形】だと思って観てはいけない…というか、この情けないセンスが【韓国SFの現在形】の現実だったりして」

サカモト
「【SF映画】という視点で考察すれば、韓国における【SF映画の状況】だとか、その【社会的認知度】は日本の過去四十年以前に近いのかもしれませんね。最近インディーズ系ではどういう訳か、SFネタが増えているのですけど、そこには【ギミックだけならべればOK、これはSFさ!】みたいな誤解が根底にあるような気もします。『タイム・クライム(=原題『열한시』)』は、そこら辺、韓国映画には珍しく、ブロックバスターで真面目にSFやろうとしていたSF映画でしたが…」

サイゴウ
「『タイム・クライム』って、【活字SF】の匂いがする韓国では稀なSF系作品だったけど、韓国映画はメジャーだろうがインディーズだろうが、好きなマンガや映画、アニメなんかへのリスペクトを狙ったら、とりあえず【SFモドキが出来ちゃいました】みたいな作品の方が圧倒的に多い。今回もそんな感じかな?だけど、この映画を作った連中は格別【SF映画】を狙ったわけじゃなくて、ただ、まわりが勝手に【SF映画】と解釈しているだけのような気がする」

サカモト
「一応、バカ系コメディ路線に則っていますけど、根っ子は極めて真面目な人間ドラマであり、韓国社会を告発するかのような【青春残酷物語】の面もあると思います。最後はハッピーエンドではない終わり方ですし、主人公のウォンジュンが他力本願で好きな女性の愛を得ることに対して、大きな呵責を覚えてしまうところなんかは、作品の【生真面目さ】を象徴していたと思います」

サイゴウ
「でも、それがまた、この映画の退屈で貧困な部分だったことも確かだ。ウォンジュンが仕事にも女にも運にも恵まれず、生きてゆくことに悩むさまには切実さがあるんだけど、まるで中二病のオッサンみたいだし、それを延々と浪花節でやるから、同情できない。例えバカ映画であっても、きちんと【年齢相応のキャラクターを描けよ】といいたい」

サカモト
「そこら辺は韓国と日本の考え方の差、違いみたいなものもあるとは思いますけどね」

サイゴウ
「コメディにしなかった方がよかったんじゃないかな…」

サカモト
「でも、古いコントが許せる人なら笑える部分もありましたけどね」

サイゴウ
「主人公一家が黙々と食事をしているだけなのに、会話が成立している様子だとか、ウォンジュンがセックスしたくて、友達に化けてやろうとするシーンなんかはベタだけど結構笑えたかもな。怪しい博士の研究室もチープな美術が冴えていて、笑いのツボは外していなんだけど、全部一発芸でオシマイなんだよ。だから、一瞬は笑えるけど、それがダラダラ続くので、その後に十倍の退屈が待ち受けている」

サカモト
「【面白味】が作り手側の内で完結してしまって、観客に伝わっていないのかもしれません。最後のNG集を観ているとそういう気がします」

サイゴウ
「とにかく、低予算のアマチュア映画丸出し。それが妙なパワーになっていればいいんだけど、そうでもなくて、観客から【金を返せ!】と迫られても弁明できないよな」

サカモト
「主演・監督・脚本に編集、そしておそらくプロデュースもやっているのではないかと思われるペク・スンギ自身は演技も上手ですし、キャラも立っているんですけど、本業は映画関係ではなくて、美術系教師というのは本当なのですかね?映画監督よりも俳優やった方が向いている人かもしれません」

サイゴウ
「フェイスブックなんかには、それらしき経歴が書いてはあるな。ただ、自分のクリエィティブをやるために他の仕事をやっている人は韓国でも珍しくないから、そういう系統の人なんじゃないかな?」

サカモト
「他のキャスティングは本当につまらない面々なのですが、ちょっとだけ光っていたのがアバター役のソン・イヨン。演出がうまくはまった部分も大きいのですけど、なかなか表現力があって上手いです。今まで見たことも聞いたこともない俳優ですが…」

サイゴウ
「博士役のチョ・ハンチョル以外は実質アマチュアばかりじゃないのか?他の脇役なんて演技以前の問題だったりする。それもまた、この映画が内輪受けで完結してしまった印象の映画になってしまった原因かもね。こういうインディーズでは無名の出演者が後で大出世して、お宝になることもあるんだけど」

サカモト
「そういう点は、インディーズ映画を製作する困難さがよく分かる作品だったのかもしれません」

サイゴウ
「結局、作品の持つ【面白さの密度】って、高い、安いという製作費だけの問題じゃない、ってことなんだけど、今回は分不相応に風呂敷を広げすぎた、って感じだったな」

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『尚衣院 -サンイウォン-』(2014)★★ [韓国映画]

原題
『상의원』
(2014)
★★
(韓国一般公開 2014年12月24日)

英語題名
『The Royal Tailor』

日本公開時題名
『尚衣院 -サンイウォン-』
(日本一般公開 2015年11月7日)

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(STORY)

時は現代。
韓国の国立博物館でマスコミに向け、ある発表会が大々的に行われた。
朝鮮王朝時代に製作され、某王妃が着用したと伝えられる、きらびやかな白い進宴衣が復元されたのだ。
仰々しく自分たちの研究成果を語る博物館関係者。
そして、激しく焚かれるカメラのフラッシュ。

だが、ガラスの奥で冷たく輝く進宴衣の姿は、あくまでも冷ややかだった。
やがて時代は遡り、この衣を巡る真実のドラマが明かされてゆく…

…朝鮮王朝後期、若き某国王が統治する時代。
宮廷に置かれた官庁の一つである尙衣院は、王族から官僚まで、宮廷関係者が着用する衣を、デザインから製作、着付けまで一手に引き受ける、言わば王室直属のオートクチュール・ブテックだ。
そこでディレクションを司るのが、ドルソク(=ハン・ソッキュ)だった。
職工ゆえ決して位は高くはなかったが、長年、王とその家族に直接謁見することを許され、日頃は他に心を許さない国王(※)(=ユ・ヨンソク)や王妃(※)(=パク・シネ)も、彼には本音を吐露する役職でもあった。
(※)第21代国王・英祖と貞聖王后がモデルになっていると思われる。

ドルソクの爪は針仕事で変形し、指先は染料で青黒く染まっていたが、それは彼が幼い時分に親元から引き離され、尚衣院で30年間働き続けている証でもあった。

ドルソクが念願の両班になれる日の半年前の事。
王妃が誤って王の着衣を半焼させてしまうという事件が起こる。
替えの衣はなく、重大な行事に合わせて、一日で元に戻さなくてはならない。
窮地に陥った王妃はドルソクに相談を持ちかけるが、さすがの彼にとっても、特別過ぎる王の衣装を一日で戻すことは不可能だった。

ところが。
宮廷関係者の間で、ある職工の破天荒な仕事ぶりが大評判になっていた。
彼の名はゴンジン(=コ・ス)といい、身分の低い被服職人だったが、傑出したデザイン・センスと、神技のような裁縫の腕前を持つ天才だ。
王妃から渡された衣を嬉々として受け取るゴンジンだったが、その裏には二人の儚い恋の記憶があった。

翌日、見事に修復された王の着衣を見たドルソクは、その完成度に腰を抜かしてしまう。
それは予想を遥かに超えるものであり、ゴンジンの卓抜した才能を認めたドルソクは、早速に彼を自分の腹心として大抜擢する。

天真爛漫な自由人のゴンジンに、自分に欠けているものを見出したドルソクは魅了されるが、その才能に、やがて恐れを抱くようになる。

同じ頃、王室内では王妃と側室(=イ・ユビ)の確執が表面化し、一発触発の状態に陥っていた。
二人は決着をつけるべく、清朝の国使を迎える宴の夜に、それぞれがオーダーした進宴衣で王の寵愛と周囲の尊敬を勝ち得ようとする。

側室はドルソクを、王妃はゴンジンを専属デザイナーとして仕事を託すが、結果は圧倒的にゴンジンの勝利だった。

激怒した側室に罵倒されたドルソクはゴンジンを追放し、王妃の進宴衣の秘密を探ろうとするが、それは全てが驚愕すべきものだった。

自分が決してゴンジンに勝てないことを悟ったドルソクは、王室の病んだ人間関係を利用して、ゴンジン抹殺を画策するが…

李氏朝鮮時代に実在した尚衣院を舞台に繰り広げられる、韓国翻案版『アマデウス』。

サイゴウ
「この作品、指摘するまでもなく、ミロシュ・フォアマンの『アマデウス』にそっくり。もっとも、元は戯曲だから、ピーター・シェーファー作の『アマデウス』にクリソツといった方がより正確なんだが、そういう紹介が韓国公開当時、どこにもされていないんだよな」

サカモト
「剽窃ではなく、あくまでもリスペクトなのでしょうけど、『王になった男(광해, 왕이 된 남자)』がアメリカ映画『デーヴ』の盗作だって騒がれた事を連想させ、この作品も【また?ちょっと、どうかなあ?】とは思いましたね」

サイゴウ
「【李氏朝鮮ネタなんか、韓国人しか観ないだろ】的な気の緩みが製作者側にあったのか、それともこの程度の類似性は今だ韓国で問題視されないレベルなのかは分からないけど、『デーヴ』に比べると『アマデウス』の方が遥かにメジャーだから、ちゃんと【原作:ピーター・シェーファーの『アマデウス』】だとか、【ミロシュ・フォアマンの『アマデウス』にインスピレーションを得た】とか、はっきり表示すればよかったのに、と思ったよ。それがあるかないかで、作品の全然評価が違っちゃう」

サカモト
「もっとも、映画の出来自体は大したことがなくて、マヌケなコメディ仕立ての時代劇、映画としての格や完成度はミロシュ・フォアマン版に比べるもないですけどね。それに【原作うんぬん】と明確にしてしまったら、バカ高い権利金を請求されるでしょうから、出来ないでしょう」

サイゴウ
「もしかしたら、裏側でなんらかの合意が図られている可能性はあるけどな。『尚衣院』は対象になるマーケットが狭いのが分かっているので、小銭で事前に解決できたのかも」

サカモト
「ハリウッド周辺には韓国系の業界関係者がうろうろしていますからね、交渉はそれほど難しいことではないかと…」

サイゴウ
「でも、やっぱり、一言どこかで触れておくべきだろう。昔の韓国じゃないんだから」

サカモト
「『アマデウス』は韓国でも不朽の名作として有名ですから、そう表明してしまうことで『尚衣院』の韓国内興行にマイナスの影響を及ぼした可能性もありますけどね」

サイゴウ
「【名作『アマデウス』をこんなチンケな韓国版で汚しやがって!】みたいになるかもな」

サカモト
「もっとも、『アマデウス』を観てない人からすれば、そこそこ面白い娯楽作には仕上がっていたと思います。美術は独創的でディティールが凝っていますし、主人公たちが被服製作に人生を捧げる様子もよく描かれていますので、日頃映画を観ないタイプの観客にとっては、それほど悪い作品でもなかったのでは??」

サイゴウ
「力を注いで描いているものは極めてドメスティックだから、日本でもクリソツぶりに気がつかない観客はいるだろうね。でも、『アマデウス』を観た人にとっては、【あれれ?どこかで観たような…】になるのは避けられないし、今の日本のご時世からすれば、【パクリ大国・韓国】中傷誹謗のいいネタ。なにせ、ドルソクとゴンジンのキャラクターやその関係がソックリ過ぎるからな。そこら辺だけでも、もう少しボカせばよかったのに…」

サカモト
「『アマデウス』はサリエリとモーツァルトの関係が一番の見所であり、特徴でしたから、それをアレンジするのはちょっと無理な気もします。その代わりに目眩ましとして、今回の作品では王様だとか王妃だとか、宮廷で働く人間模様をダラダラと挿入したのではないでしょうか?」

サイゴウ
「確かに主演のハン・ソッキュとコ・スを差し置いて、ユ・ヨンソク演じる王と、パク・シネ演じる王妃の関係がしつこく描かれているよな。二つの物語が噛み合わず競合している感はあったし、王様中心でドラマを描いた方がよかったような気もする。そうすれば真似だ、剽窃だ、というネガティブ派へのより目眩ましになったと思うし、ユ・ヨンソク演じる王様も魅力的だったりするからな」

サカモト
「ここ数年、王様の苦悩やストレスを描いた時代劇が幾つも公開されましたから、類似作との差別化を図るべく、『アマデウス』的な要素を入れすぎてしまったのかもしれませんね。でも、どちらにしろ、大した映画ではありませんから、標準的な韓国時代劇として率直に楽しむ方が健全かと…」

サイゴウ
「でも、出来が大したことないからこそ、オレ的には【アマデウスの翻案】と予めはっきり言ってくれたほうが楽しめたし、もっと高く評価できたんだけどな」

サカモト
「結局は『アマデウス』の足元に遠く及びませんけど」

サイゴウ
「純粋に韓国映画として評価するとすれば、やっぱり被服業界という着眼点のユニークさ、そして、そのディティールに凝っている部分だな。ハン・ソッキュもコ・スもそれなりの熱演だったし」

サカモト
「私はやはり、ユ・ヨンソクが好演だったと思います」

サイゴウ
「そして一番いらないのがマ・ドンソクだったりする。彼はこの手の韓国映画に不可欠な俳優になっちゃったんだけど、基本的に笑わせ役は似合わないと思うよ。なのに、最近はそれ系ばかりだから嫌いになりそうだ」

サカモト
「シナリオ的には、現代と過去を絡めているように見せつつも、全然絡んでいないところを何とかしてほしかったですね」

サイゴウ
「伝説の進宴衣の復元とその謎に迫る博物館チームの活躍と、王妃のドレスを巡る真実のドラマをカットバックさせるみたいな展開だな。でも、それをやっちゃうと主人公ドルソクの葛藤はかなり薄くなってしまったろうし、コ・スの役も単に軽薄でバカなだけのキャラクターになっていた気がする。だから、結果的にこのシナリオでよかったのかもしれない…のかな?」

サカモト
「【非公認『韓国版アマデウス』】と言うことで開き直って観てしまった方が、この映画の良い部分がより分かりやすくなるかもしれませんね」

サイゴウ
「マジンガーZとテコンVの関係みたいなもんだな」

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